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光のもとでⅠ 番外編SS  作者: 葉野りるは
初めてのバレンタイン
9/14

Side 翠葉 08話

 真白さんに見送られ、次は病院まで送っていただく。

「このあとは若槻が迎えに来るとのことでしたので、私どもの送迎はここまでとさせていただきます」

「本当にありがとうございました」

「いえ……。まさかバレンタインのプレゼントをいただけるとは思ってもみませんでしたので、とても嬉しかったです」

 その場で名刺を渡され、車で送ってくれた人ふたりの名前を知った。

 藤守武明ふじもりたけあきさんと藤守武政ふじもりたけまささん。藤守さんがいっぱい……。

 私が名前まで知っているのは今日会った三人と、以前パソコンを通じて挨拶をさせていただいたふたりの五人。

 これでもまだ半数なんだ……。

 そのうちのふたりは先ほどお礼を言われる際に顔を合わせはしたけれど、名前まではうかがわなかった。

 空港へ行った日にも警護の人を目にする機会はあったけれど、今は感情的な余裕があるからか、そのときよりも鮮明に、自分が護られていることを意識した。


 病院に入ると真っ直ぐ九階へ上がり、相馬先生にプレゼントを渡す。

 とくにこれと言ったリアクションはなく、「もらってやる」の一言。

 なんというか、このくらいの反応のほうが助かるといったら助かる。

 変にかしこまられたり、恐縮されてしまうとちょっと困るのだ。

 残り、楓先生や久住先生、小枝子さんに渡したいと話すと、相馬先生がPHSから方々に連絡を取ってくれた。

 しかし、楓先生と久住先生は手術中で渡すことはできず、代わりに九階までやってきてくれた小枝子さんにプレゼントを託すことにした。


 唯兄とホテルへ向かえば、やはり裏口からの出入りとなる。

 会う人会う人に、「お疲れ様です」と口にするのはだいぶ慣れた。

「その調子!」と唯兄に褒められるくらいには自然と言えるようになったと思う。

「澤村さんと園田さん、須藤さんは捕まるんだけど、オーナーはどうかな?」

 どうやら、まずは国内にいるのかが不明で、国内にいたところでホテル内にいるかは謎だという。

「やろうと思えばできるけど、オーナーのスケジュールをこっそり見て、あとでばれたら怖いからさ」

 それはつまり、ハッキングすれば見れる、ということなのだろう。

「でも、澤村さんさえ捕まえればオーナーの居場所は掴めると思う」

 私たちはまず須藤さんに会いにいった。次が園田さん。次が澤村さん。

 みんなに驚かれはしたものの、笑顔で「ありがとうございます」と受け取ってもらえた。

「澤村さん、オーナーって今国内にいるんですか?」

「グッドタイミングだ。今は会長室で決済書に目を通しているだろう。あと一時間もすればホテルを出てしまうところだった」

「会えるでしょうか。プレゼントを渡すだけなのですが……」

「翠葉お嬢様でしたら大丈夫かとは思いますが、念のために確認を入れましょう」

 澤村さんはカウンター内の電話から内線をかけると、しばらくして受話器を置いた。

「大丈夫とのことです。ただし、四十一階ですからね。唯は入れません」

「へーへー……俺、自分の部屋にいるから行っといで」

「うん、ありがとう。そう時間はかからないから」

「わかった」

 そんなやり取りをしてから、私は澤村さんに案内されて静さんのいる四十一階へと向かった。


 エレベーターホールから少し離れたところにある両開きのドアは、相変わらず重厚感たっぷりだ。そのドアを澤村さんが慣れた調子でノックする。

「翠葉お嬢様をお連れいたしました」

 中から返事はなく、澤村さんがドアを開けると大きなデスクに向かって静さんが仕事をしていた。

「よく来たね」

 その部屋に入るのは私ひとりで、澤村さんは部屋に入ることなくドアを閉めた。

「どうしたのかな?」

「静さん、ハッピーバレンタインという言葉を知っていますか?」

「いや……」

「私も今日友達に教えてもらったのですが、どうやら『メリークリスマス』と同義らしいです。なので……ハッピーバレンタイン!」

 紙袋に残っていた最後のひとつを静さんに差し出した。

「コンシェルジュの七倉さんと一緒に作ったので、お味の保証はされていると思います」

 少しおどけて話すと、静さんはクスクスと笑った。

「わざわざこれを渡すために来たのかい?」

「はい。お仕事のお邪魔かとは思ったんですけど……」

「いや、嬉しいよ。ありがとう。では、ホワイトデーには何かお返しをしなくてはいけないね」

 言われて嫌な予感がした。

「あのっ、高価なものは困ってしまうので、同じようにお菓子がいいですっ」

「これはまいった、釘を刺されたな……。じゃぁ、須藤に何かお菓子を作らせることにしよう」

「本当ですかっ?」

「あぁ、約束する」

 静さんとの面会は以上。

 大きなドアを出ると、エレベーターの前で澤村さんが待っていてくれた。

 一緒にエレベーターに乗り、唯兄の部屋にたどり着いたときには七時半を回っていた。

「唯兄、終わった!」

「お疲れさん。じゃ、帰ろっか」

「うん。付き合ってくれてありがとう」

「じゃ、そのお礼に、司っちに渡したときの反応やら何やらを白状しなさい」

「え……?」

「帰り道、楽しみにしてるからね?」


 予告されていたとおり、車に乗り込むと質問攻めにされた。

 お菓子を渡したときの反応やマフラーを渡したときの反応。けれども、私はその前者しか答えられない。

「お菓子はお弁当を食べるときに渡したの。少し驚いた顔をしていたけれど、コーヒーを飲みながら食べたいから、ってあとで食べるって言われちゃった。後日感想を聞けるかは不明、かな……?」

「マフラーはっ!?」

「……学校で渡すのは恥ずかしくて、真白さんに会いに行ったとき、ツカサの部屋のデスクに置いてきちゃったの」

「もおおおおお、この子ったらっ、なんのためのイベントだと思ってんのっ!?」

「……親しい人たちにお菓子をプレゼントするイベント?」

「何がどうしてそうなった……」

「友達に教えてもらって……友チョコとかあるのでしょう? お世話になった人にあげるのでしょう? あと、好きな人に告白するとかそういうのもあった気がするけれど……」

「それっ、とくに後者っ! 重要なのそっちっ!」

「……そうなの?」

「そうっ」

「でも、もう告白は済んでいるし……」

「好きなんて何度言っても減らないんだから何度でも言ってあげればいいのに」

「……それはさすがに私の心臓がもちそうになくて……。あ、でも、マフラーにもきちんとメッセージカード添えたよ?」

「……訊きたくないけど訊きたい知りたい内容知りたい……。なんて書いたのっ?」

「いつもありがとう。携帯ホルダーとストラップ、とても重宝しています。マフラーはそのお礼です……だけど」

「ぐは……それ、バレンタインってイベントどこいったって話じゃない?」

「……そうかな?」

 すでに自分の手元を離れてしまっただけに、改めようがない。

「リィ、いい? バレンタインっていうのは、女の子が好きな男の子に告白できる日。好きだから手作りのお菓子を作ったり、編み物プレゼントしたりするの。スペシャルな日っ。で、もう一方のお世話になった人に贈ったりするのは儀礼的。職場でいうところの恒例行事っていうか、義理チョコの類。友チョコはたいてい女の子同士でするもので、稀に男子も含まれたりするけど、あくまでも友達に贈るもの。たいていの子はこれらにランクをつけて、どこに重きを置くかを考えて行動する。今回のリィは司っちを並列に扱いすぎ。どこにも特別感がないじゃん。編み物だって俺たちにプレゼントするのと同じだし」

 そこまで言われて理解はしたけれど、私はあえて反論を試みた。学校でしたのと同じ反論を。

「でもね、ほかの人のは機械を頼った部分もあるけれど、ツカサと家族の分は木ベラや泡だて器を使って自分の力で作ったんだよ?」

「……わかりづれぇぇぇ……。そういう場合はラッピングを豪華にするとか変化つけようよ」

「そういうものなの?」

「……だと思いたい……いや、信じてる」

「でも、もう渡しちゃったし……あとの祭りだよね?」

「来年こそはきちんとバレンタインに挑みなよっ?」

「……善処します」


 帰宅したのは八時だった。家族が揃っているから玄関に並ぶ靴も多い。けれども、その中にひとつ見慣れない靴があった。

 手洗いうがいを済ませ、ルームウェアに着替えてリビングへ行くと、

「ただいま」

 リビングにはにこりと笑った秋斗さんがいた。

 私はすぐに反応することができなくて、秋斗さんを凝視するほどにじっと見つめてしまう。

「あれ? フリーズ?」

 ソファから立ち上がった秋斗さんに、目の前で手を振られる。

「あ、わ……おかえりなさいっ」

「うん、ただいま」

 あれから二週間が経ったのだ。そう、あの日から――。

「どうしても今日中に翠葉ちゃんに会いたくて、帰国して一番にここへ来たんだ」

「……おかえりなさい、おかえり、なさい――」

 ちゃんと帰ってきてくれたことが嬉しくて、会いにきてくれたことが嬉しくて、涙が止まらなくなる。

「ただいま。ちゃんと、翠葉ちゃんのもとに帰ってきたでしょう?」

 クスリと笑って頭を撫でられ、気づけば秋斗さんの腕の中にいた。わたわた慌てていると、すぐに腕は外され解放される。

「お土産、たくさん買ってきたから」

「え……?」

「お土産」

「お土産、ですか?」

「うん」

 秋斗さんはにこりと笑ってピアノの向こう側を見る。つられるようにしてそちらを見ると、ピアノの脇には大小様々の箱が積まれていた。

 驚いたら涙が引っ込んだ。どう見てもお土産という域を超えている。

「お土産……ですか?」

「そうだなぁ……。お土産兼バレンタインのプレゼント?」

「え?」

 頭の中に次々とクエスチョンマークが浮上する。

「バレンタインは女の子からプレゼントするものじゃないんですか?」

 私の手元には家族の分と秋斗さん栞さん、昇さんへのプレゼントが残っている。

「それは日本の、チョコレート会社の商売戦術」

「……海外は違うんですか?」

「そうだね。男女関係なく、より親しい人にプレゼントを渡す風習が色濃いかな? だから、翠葉ちゃんにプレゼント」

「私も秋斗さんにプレゼントがあって――」

「はいはいはいはいっ、いったんそこまでっ。みんな待ってるんだからご飯にするよっ」

 唯兄に言われて振り返ると、ソファセットに栞さんと家族が揃っていた。

「じゃ、先にご飯にしよう? 今日は俺もごちそうになることになってるから」

 私たちはそれぞれ席に着き、ご飯を食べた。

 ご飯を食べ終わって、手元に残っていた最後のプゼントを一人ひとりに手渡す。マフラーをお父さんと唯兄、蒼兄にプレゼントすると、

「いいなぁ……」

 秋斗さんの声。

「唯、それ、高価買取するよ?」

「ふっふっふ……億単位で積まれても売りませんよ?」

「じゃ、休暇とかどう?」

「――いやいやいやいや、渡しませんからっ」

 そんなやり取りを見ては、みんな声を立てて笑う。

「秋斗さんもマフラーが欲しかったんですか?」

 不思議に思って尋ねると、秋斗さんはにこりと笑った。

「そうだね。翠葉ちゃんが編んでくれたマフラーが欲しいかな?」

 まるで、それ以外ならいらないというふう。

「バレンタイン過ぎちゃいますけど、編みましょうか……?」

「リィ、安請け合いしちゃダメっ! この人図に乗ったら手に負えないから。それに、これ以上司っちの特別度合い下げないのっ」

「……秋斗さんに編むと下がるの?」

「……下がるのっ。四分の一から五分の一になるでしょっ!? 愛情配分度合いが下がるからダメっ」

 唯兄に、「ダメったらダメだからねっ」と言われ、私のバレンタインデーは幕を下ろした。

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