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アーサー⑨

「ジョージ、ルーシーやめるんだ」


ジープの荷台ではしゃぐ二つの固まりに向かってアーサーは声をかけた。

それはヒョウの子だった。小型犬ぐらいはある。

一般的な柄のものと真っ黒いものが二頭。

唸りながらシートを引っかいたり臭いを嗅いだりしている。


「ああ全く驚かせやがって、そいつらはあんたが世話してんのか?早くどかせてくれリックがちびっちまう」


「そのクソガキへのプレゼントのつもりか」


「なんだと?」


「持ち帰れはしないだろうに、どこかで体の一部でも持ち去るつもりだったのか?まるで戦利品を持ち去る殺人鬼と同じ思考だな」


「あんた、なにを、一体」


黒くスリムなヒョウの子が、シートの下にあったライオンの手をくわえて引っ張り出すのを、男はようやく目にした。


そのヒョウをルーシーと呼ぶのも聞こえた。


目が飛び出そうな勢いで見つめた後に、男は正当防衛だと小さく口にした。

全く持って正当防衛だと思わせない調子だった。

嘘でも真実でもアーサーのすることに変わりはなかったが。


ライオンはとっくに死んでいたし、蝿があちこちからどんどんやってきていた。

それを払いのける男の姿が気に入らなかった本当に。


「たてがみがまばらだ。放浪していたオスか。この先仲間や群れが出来たかもしれなかった。もちろん子孫も。お前が全て奪ってしまった。彼の未来を一体どういうつもりだお前に彼らの営みを奪う権利があるのかお前のような害虫は潰しても潰してもわいてくる海を越えてまで命を踏みにじりにくるのか」


「お、い!なにいってんだよあんた!おい!!待てなんの真似だ!」


「走れ」


自分に向けられた銃口に、男は唾を飛ばして騒ぎ立てた。


「俺はこの保護区のレンジャーだ。お前を連行する密猟者め。いいから進め、子供に見せたいのか」


アーサーは撃った。男の足元を。

男はなにか喚きながら後ずさりし、足をもつれさせながら後退していった。

かと思ったら大声で助けを求めながら走り始めた。


子供は置き去りか。いい父親だ。


アーサーは男の背中を撃ったが外してしまった。

怒りを沈めろ、感情に任せて銃を扱えばしくじるぞと自分に言い聞かせ再びライフルを向ける。


男は背丈ほどもある枯れ草の茂みに向かっているようだった。面倒をかけるやつだ。

アーサーは追った。

手を振り乱しながら重い体を必死に走らせる男に、この地を走り慣れているアーサーはすぐに距離を詰めていった。


男が急に止まった。

どこに隠していたのか、男は手のひらほどの銃をぱっと手にしてアーサーに向き直った。

すごいな、マジシャンかスパイのような素早さだ。

人は見かけによらないとはこのことか。


「お前を引き離したのは俺の方だ!この異常者め!」


その時だった。男が目指していた茂みから何かが飛び出し、男の背中に飛び乗って押し倒したのは。

男は顔面から地面に思い切りぶつかった。


背中には大きなヒョウがくっついていた。








アーサーは男の元へ駆けつける。

背中を爪でざっくり割られた男は、手足をばたつかせながらなんとかヒョウを押し返そうとしていた。


男は夢中だった。 


あのライオン、どこからどうみても瀕死状態でピクピク痙攣していたくせに吠え掛かって来たライオンにしてやったように、尻尾を掴んで力任せに引っ張り引きずってやろうと、手を何度も後ろに伸ばした。


だが手にはなにも触れることはなかった。 


そのヒョウには尾がなかったのだから。



ハニーという呼びかけを聞いた。

背中の重みが突然なくなり男は起き上がろうとしたが、頭に激しい衝撃を受け結局地面に叩きつけられることになった。 


アーサーはライフルの台尻で男の頭を殴っていた。

大地にくっついた男の後頭部目がけて繰り返し打った。

八回目でなにかを貫いた感触に襲われたが気にせず叩き続けた。


やがて台尻は地面に達し、脳みそのようなものを目にしてからアーサーはやっと手を止めた。


ゆっくり息をしていると、ハニーが。


ハニー、いまや立派な母となったハニーが擦り寄ってくる。

子供っぽさなどまるでない大人の顔。

貫禄が滲み出ている野生動物。しなやかで美しい生き物。

アーサーの良きパートナー。


「ハニー、いい子だ良くやった」


アーサーの元から姿を消して一年半。

まさか子どもを連れて戻ってくるとは全く予期していなかった。

本当に、あの時は嬉しさにしばらく声を発することが出来なかったくらいだ。

再会の喜びに感極まり涙が出てくる有様だった。


そんなアーサーに留守を謝るかのようにぴったりと体をくっつけ寄り添うハニーの方が、まるで人間らしい、そんな感情を持っているかのようだった。


「いい加減、父親を紹介してもらいたいものだな」


ハニーの頭をぐしゃりと撫で付ける。

彼女は喉を鳴らして見せた。


男の車に戻るとジョージとルーシーはまだライオンの死体にじゃれついていた。

相手は普段ならばヒョウの子など簡単に仕留めてしまう。

ライオンがいかに危険な相手か覚える必要があるが、今は先にやることがある。


「二人ともどくんだ」


アーサーはドアに手をかけた。

当然ロックされている。

中には少年がいて涙を流しながらこっちを睨みつけていた。

ジョージとルーシーが車の中の生き物に興味を示したようだ。

しきりに鼻をひくつかせ車のドアを引っかき始める。


少年はどうやらお漏らししてしまったようだ。アンモニアの臭いが一瞬鼻をかすめていった。


アーサーは先ほど活躍したライフルの台尻をフロント部分に叩きつけた。

生き物は悲鳴を上げた。

ガラスをある程度落とすとジョージが中に入っていってしまった。ルーシーはボンネットの上で様子を見ている。

きっとジョージがくわえてきた獲物を後で奪うつもりだろう。いい狩りの練習だ。


アーサーはライオンの体を地面に横たえた。

虫や小動物などの命の糧に。

あの男はジープごと焼いてしまうか。

アフリカで起こった旅行者による単独事故だ。助けは間に合わなかった。不幸な事故だ。


いつの間にか動かなくなった獲物で遊ぶ二頭をしばらく眺めてからアーサーは作業に取りかかった。

終わったらジェイコブに返信をしなければ。


ハニーのことを話したくて仕方なかった。


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