ライオネル⑤
シンシア・ブルーリーの自殺は、事件を沈静化させポートタウンを元のおだやかな町に早く戻したいという人々の願いをあっけなく壊していった。
学校の体制、地域や保護者の様子、町の歴史までが部外者によって隅々まで調べられ(州から連続銃乱射事件に対して捜査チームが派遣されてしまった)そして母親が例えなにも知らなかったとしてもだ、犯人の肉親の監視を怠った警察も嫌味たらしく非難され、この件に対して全ての情報の洗い直しを言い渡されることになった。
「捜査のやり直しだと、口では簡単に言うがいったいどれほど時間がかかると思って」
ブレンドはもはや取り繕ったりしなくなった。
元同級生というだけで、決して彼のチームにいたわけではないのに。
時間というものは人の感覚を鈍らせるものだとライオネルは心底思った。
「自分たちで勝手にやってもらいたいもんだよ。こっちが集めてきたものをただ眺めているだけのくせにな。そしてあれこれダメ出しだ。あいつら、州の奴らは何様だ」
「まるで監査でもしにきているかのようなんだろう?」
「その通りだ。町をほじくりかえしやがって。いつになったら帰ってくれるんだ」
ブレンドは、さぞ面白くないだろう。部外者が自分の職場を我が物顔でうろついているのだから。
全く持っていい気はしないはずだ。
だがそんなことより。
シンシア・ブルーリーのことよりも。
「デービッド・ブルーリーに関する報道を見たよ、あれは全部本当なのか」
「退院の話か?当分は見張りがしっかりつくし、多分今回のことが訴訟されればだが、」
「あの付き添っていた女性。なんていってたか、社会的に弱い立場の人権を守るとかそういう団体とかなんとか。あれは一体なんなんだ?」
髪が長く、大きなサングラスで顔をおおった多分まだ若い女性。
おそらく二十代かそこらだろう。
デービッド・ブルーリーの車椅子を押していた。
「見たまんまだライオネル。あれは晒し者になっているデービッド・ブルーリーが気の毒で保護したい社会復帰できるよう支援したい。そういう会の人間だよ」
「……まさか、信じられないよ」
「お互い色々な思考の人間は見てきただろう」
「確かに、そうだが」
「あれも宗教の一種みたいなもんだな。どんな人間でも救おうとする自分に酔ってるんじゃないのかと思えるよ。おっと神父様にこう言ったら失礼だな、すまん聞き流してくれ。決してあんたと同じ側の人間だとは思っちゃいないよ」
だがどっちかというとそっちよりの人間だろうとブレンドの目は言っていた。
冗談じゃない、あんな男、誰が保護したいなどと思うものか。
デービッド・ブルーリーは実の娘を犯していたクズだ。
「おいおい怖い顔をするな、悪かったよ」
「いや、そうじゃないんだ。ただあの男だけがこうやって生きているのが、なんというか悔しいよ。さっきも自分は無罪だはめられただのと騒いでいるのが映っていた。一緒の女はマスコミ批判。まるで自分たちが被害者だと言わんばかりの顔で、」
「結局真実がどうであれ世の中生き残った者や声のでかい方が勝ちなのさ」
その通りだ。弱きものの主張は大抵見過ごされる。
いや、見なかったことにされるのだ。
なかったことに。
「だがそんな連中ばかりのさばったら秩序が崩壊しちまう。だから俺やあんたが出来ることをしなくちゃならないんだろうな」
もっともだ。ブレンドの言うことは本当にその通りだ。
だが彼の言うその秩序は、ブレンドの職場であるこの警察署そしてこのポートタウンが守られていればそれでいいと。
そう思っていることをライオネルはわかっていた。
彼が今一番目の敵にしているのは州の捜査官と他所から来たマスコミであり、もしかしたらブルーリー一家もその対象かもしれない。
もちろんジョージ・ホワイトもだ。
だが彼のことはあまり話題にはならなかった。
きっともう死んでいるからだろうとライオネルは思った。
いなくなった人間だ。後はなんとでもなる。終わった事件だ。
だがまだ、デービッドが生きている。
人目から離れたところに家を建てる者にろくなヤツがいないと、そんな偏見を吐き出した後、あの男どこか遠くに引っ越してしまえばいいのになと、そう口にしたブレンドの言葉は一週間後実を結んだ。
デービッド・ブルーリーは本当に引っ越していった。
支援者の女性と共に。
裁判所に訴えれば町から出る事を止められるが、あえて自由にさせ油断させる作戦だとブレンドは言った。
彼は州の捜査官が反対して不満をあらわにしていたと笑い、捜査官側が引っ越し先の町に協力を要請していた、お願いしていたんだとさらに笑った。
「別に野放しにしたつもりはない。いつだって見張っているさ」
だがブレンドがもうこの事件を終結したがっているのは知っていたし、どこから聞いて来たのかジョーゼフがデービッド・ブルーリーは州を二つも三つもまたいで行った上に例の彼女と暮らしているそうだと言うのを聞いて、厄介払いしたとしか思えなかった。
捜査は消極的になるだろう。
だが一体何の捜査だ。
同級生に向かって撃ちまくったのはデービッド・ブルーリーじゃない。
所詮自分も生き残った者を責めたいのだと、事件の責任を負わせたいのだとライオネルは自問した。
あの時ドアを開けた自分より大勢の死に対する責任を負う者にこの町にいて欲しかっただけだと。
悪い父親に。
ルーシー・ブルーリーは被害者だ。追い詰められていた。どうしようもなかった。
この町にずっと居るだろう自分は何をするべきなのだろうか。
何をしたらいい。
いじめ撲滅運動などその時だけで数年もすれば風化するに決まっている。
事件を忘れないための記録をどう残すべきか。ライオネルの思考は次第にそっちに夢中になっていった。
自分の記憶を書き、打ち込む。
時に調査し、生き残った人々へ話を聞きに行ったりもした。
アビーという子がいじめの話を打ち明けてくれたのは翌年のクリスマス前だった。
彼女は進学し、町を離れるそうだ。
置き土産だなとライオネルは思った。
その次の年。
ポートタウン連続銃乱射事件から二年後。
ちょうど夏の盛りが過ぎた頃。
ポートタウンよりさらに田舎の町で、サリー・サージョンという女性が夫に対しひどい暴力行為を行っていると通報があった。
駆けつけた警官が見たのは、まだ二十代だろうか、若い女性が木製のハンガーで床に倒れている男を打ち付けているまさにその瞬間だった。
警官二人が止めに入る。
女性は喚き暴れ凶器を振り回していた。
応援が駆けつけ、結局男四人がかりで押さえつけることに成功した。
遠巻きに見ている住人をさらに下がらせている若い警官にサリーは叫んだ。
わたしのこども!!そこにいるのはわたしのこどもなの!!かえして!
年配の女性の後ろに、正確に言えば女性のエプロンの中に顔を突っ込んで隠れようとしている少女がいた。
まだ六、七歳くらいだろうか。
その子はめそめそ泣いていたし、怯えているのは誰が見てもわかった。
「あの女からパンツをもらってきて頂戴。この子のね」
若い警官は言われるがまま、とりあえず上司の元へ戻り、そして目にした。
倒れている男の姿を。
さっきまでは大暴れする女に夢中で男の状態まで確認できなかったが、なんてこった、ひどい有様だ。
男は血だらけだった。ぴくりとも動かない。
近くには車椅子が転がっている。
いやそんなことよりも、なんてことだあの女いかれてやがる!なにを、一体なんでこんなことを!
救急車が男を連れ去り、パトカーに女が押し込められた後も若い警官は怒っていた。憤慨していた。
起こってしまった事件に対するなにもかもに怒っていた。
近所の住人が全く助けようとしなかったのも(歩けない男をだ。いくら女が相当いかれていたとはいえ。野次馬には男だっていたのにだ)子供だけを預かると申し出た女性にも、この件に対して自分と同じように怒りを感じていない同僚や先輩にも。
世の中おかしい。どうなっているんだ。
「あそこの住人は、何世代も続いている連中が多く、結束が固い」
パトカーの中、話を始めた定年間近の警官がいた。
若い警官は彼が少々苦手だった。毎日のように注意ばかりだったからだ。
だから、いつものあれが始まったと若い警官はすぐにそう思った。相槌を返さないでいると、彼は話を続けた。
「だからな、新しくコミュニティに加わる人のことはしっかり調べる。どういう人間かをな」
「彼はその選考から漏れたから、誰も助けなかったんですか」
「ポートタウンの銃乱射事件を覚えているか」
「ポートタウン?」
知っている。有名だ。
教師と、教師にそそのかされた教え子が町の住民や生徒に向かって発砲した事件。
その後、同じような事件が続いてしまった。偶然なのか影響を受けたのかはわからない。
ただ、いずれも子供が銃を簡単に手に入れられる環境だった。
「あの男はデービッド・ブルーリーだ」
若い警官は、言葉にならなかった。
怒りがさっと引いていき、まぬけな顔をしているのが自分でもわかった。
口の閉じ方を忘れてしまっている。
あの男が。父親。あいつが娘を犯していた父親。
老いた警官は表情ひとつ変えず、話を続ける。
「怒りは原動力になるが、場合によっては自分を破滅させることにもなる。扱いを見失うな」
「チャーリー、すみません、俺は、」
「謝るなパック。いいか、警察官の仕事はな、感情に左右されず規則通りに物事を解決させることだ。我慢できなくなったら車の中か家に帰ってから、植木鉢にでも向かって愚痴を言うことだ」
「……はい」
「戻ったらやることがたくさんあるぞ。覚悟しておくんだな」
その通りだ。あの凶暴女から事情を聞き、男は、意識はあったのだろうか?
病院に行き話を聞かなきゃならない。
奥さんはなぜあなたのケツにハンガーを突っ込んだのでしょうかと。
それからあの子。
二人の元へは戻せないだろう。引き取り手は見つかるだろうか。
若い警官の頭から怒りはすっかりしぼんでしまった。
今日はまだまだ長くなりそうだった。




