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ライオネル③

デービッド・ブルーリーはひどい苦痛の真っ只中にいた。

麻酔で痛みは抑えられているがそんなことじゃない。


自分の体に起こった事実を、この先を想像するだけで、下半身になにも着けず真冬の海に使っているような感覚になっていた。


感覚のない代物をぶら下げていかなきゃならない。それも三箇所も!


おそらく自分は、もう自分の足じゃ歩けない。


歩くのに必要な神経がほぼいかれてしまったと、看護師たちめ聞こえていたぞ俺の意識がないと思ってべらべらとお喋りしていたのが全部、このペニスが吹き飛んだ男の娘がとんでもない事件を仕出かした犯人だという話も全部聞こえていたぞ!



意識がはっきりするごとにひどくなる頭痛を押さえようと、点滴の管をぶらさげた手で頭を抱える。



ルーシー、なんてことを。いくらなんでもこんなことを、よくも父親に、よく出来た娘だ本当に俺を騙すような真似をするようになるとは才能があったよルーシーお前には本当にやられたよ!



ドアの前、人の気配を感じ、デービッドは感情を引っ込めた。

苦痛に顔を歪めてみせたその時、妻と警察官数人が入ってきた。


「デービッド、起きて!?ああ、あなたなんてこと、どうしてこんな……」


ノックもなしか、お前は家を出て数日でそんなことも忘れてしまったのか。


シンシアは自分の口元を覆ったきり駆け寄っても来なかった。夫のもとに。

他にも気に入らないのが、ドクターもナースもいないことだ。

ドラマのように付き添ってこないのだろうかとデービッドは廊下を睨んでいた。


まだ取り調べできるような状態じゃありませんと、警官を帰らせる職業の人は来ないのか?


「我々がなぜここに来たのか、ご自身でもうわかっていらっしゃるでしょう」


中年の警官の言葉にシンシアは目を大きくし、デービッドはそれを一瞬見てから、ルーシーが一体何を、自分以外の人になにを仕出かしたのかと聞いた。


警官は間を置いてから、追悼式で銃乱射事件が起こった。犯行は娘さんが行いました。娘さんのことはお気の毒ですと言った。


シンシアはすでに聞かされていたようで黙っていたから、デービッドは頭を抱えて俯いて見せた。

看護師が話していたのが聞こえて、しかし夢か現実か判断できなかったが、夢ではなかったのかと言おうとしたがやめた。


「我々が知りたいのは、娘さんが一体なぜこのような事件を起こしてしまったのか、一体なにが彼女を追い詰めたのか。それを知りたいんですよデービッドさん。彼女はなぜ、父親であるあなたを撃ったのか。教えてもらえますか」


「それは、わたしが知りたい、わたしは心から娘を愛していたし、いったいなにが起こったのか」


「いずれなにもかもわかるんですよ、今隠そうとしても。彼女がどこから銃を手に入れたのか、なぜサウスポートの生徒たちを標的にしたのか、そしてあなたがなぜ娘の部屋のベッドにいたのかも」


「デービッド、あなた、」


「調べればわかるんですよ。家を、彼女を調べれば、」


「それは検死をするということかだめだ許可しない娘の体を誰が切っていいといった埋葬しろとっとと埋めてやれシンシア!ルーシーには会ったのか?!ルーシーは嫌がるに決まっているもし生きていたら自分が切られるなんて耐えられないはずだ止めさせろ娘がかわいそうじゃないのか!」


デービッドは起き上がろうとして、警官に押さえられた。シンシアはそれを見て後ずさるばかりだった。


夫の剣幕を恐れているのか、関わりたくないという本心からなのか。

付き添っていた若い警官にはわからなかったが、デービッド・ブルーリーという男がどこかおかしいということはなんとなく、なんとなくだが感じていた。


シンシア・ブルーリーは部屋から出てしまい、夫には見えないところでドアの隙間から騒ぐ声を聞きながら書類など大して目を通さずサインしていた。

それから警官に付き添われて。


病院の地下に運び込まれステンレスの台の上に置かれた娘に会い、泣いた。



母親は娘を置いてなぜ一人親戚の家にいたのか。

そんなことがポートタウンの住民の噂の的になっていることなど知る由もなかった。













ライオネルはあれから数度、警察署に行くことになった。


ひとつは深夜の無言電話やお前がドアを開けた殺人鬼だなどという中傷について。

これはくそ神父に電話をかけてやったと友人に自慢していた少年がいたためすぐに逮捕されることになった。

それから現在自宅療養中のヘンリー巡査に関する証言をし、そしてブレンドから事件の話を聞くために。


ブレンドが話す内容はマスコミが報じる新しい情報にちょっと手を加えたもので、あとは彼が漏らす愚痴を聞くようなものだった。

愚痴というか、自分が理解出来ない人種に対する諦めのような本音だ。


ルーシー・ブルーリーのベッドと彼女の体内二箇所からデービッド・ブルーリーの体液が発見されたと報じられた時には、初めて会った頃より随分老け込んだブレンドが出迎えてくれた。


「流れが一変したよ。今までも少なからずルーシーはいじめの被害者だったという声があったが今回は完全にひっくり返った。彼女は父親に虐待を受け、学校ではいじめられ逃げ場がなかった。話を聞いていた唯一の教師は暴走しいなくなった。もう自分で自分の身を守るには銃を頼るしかなかったんだと、今になって彼女の味方がいっぱいだよ。ネット上にだがな」


ライオネルは自分が警察署に出向いているのに、まるで告解室にいるような気分だった。


次々起こる事件に立ち向かい、そして疲弊していく人間のための、感情を漏らし共有を得るための空間。


ライオネルは否定せずブレンドの話に相槌を打ち、事件を嘆いた。


「デービッド・ブルーリーはな、娘はあの教師に洗脳された、思想に染まっていた、誘惑してきただの弁護士を通じて好き勝手話しているが、彼女が例えジョージ・ホワイトの信者だったとしても手を出したのは自分だ。娘にだぞ。自分が手を出したくそ野郎ってことを認めたくないのか言い訳ばかり並べ立てる。こういった事件にはとっくに麻痺したつもりだったんだがな、いつだって胸糞悪いもんだ」


「彼が罪に問われる可能性は?」


「デービッドを訴える人間がいない。娘に性行為をしたのは紛れもないが、彼は合意の上だと言い張っている。その娘は十四人もの人間を射殺しているんだ。遺族のことを考えると表立ってルーシーの味方をすることは出来ないだろう。後々形式的に罰せられるかもしれんが、今は教師とその教え子が起こした事件の始末が先だ。デービッド・ブルーリーよりルーシーの罪のほうが何倍も重い。立場的には彼も事件の被害者だしな」


「……母親のほうは?今なにを?」


「娘を見捨てただの、知ってて逃げただの、父親に差し出しただの。バッシングを受けているが、どうすることもできん。事件に対する関心が沈静化するまでは、電話線を切りネットを見るのをやめるしか手はない」


「彼女は親戚の家に?」


「そのはずだ。警護をつけてあるが、閉じこもっているようだ」


事件によって生まれた人々の強い感情が、ルーシーの両親にぶつけられている。


ライオネルにはそう思えた。ある種の絆が生まれてしまっている。

それが両親に対する罰だとしたら、ルーシーの作戦は成功したといえるだろう。


「家の中で起こっていたことを、なにも知らないでは済まされない。いくら仕事で遅くなったとしても同じ家で眠っているんだ。シンシアは夫が怖かったと言っている。従わないとなにをされるかわからないと。だが娘を保護するチャンスが全くなかったとは信じがたい」


ブレンドは始終険しい顔をしていた。事件の背景のせいだろう。親は選べない。

だがどんな環境であれ真っ当に生きている人間は大勢いる。


ルーシー・ブルーリーの犯した罪だけに向かい合わなければいけない、それが彼の職務であり責任だ。

それはライオネルが口にしなくとも、本人が一番わかっている。そうやって今まで仕事をこなしてきたのだから。


 

 


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