ライオネル②
「そんなに緊張することはないだろう神父さん、いいやライオネル」
話を聞くだけだと、なにがあったのか説明してほしい、なにを見たのか知りたいだけでこれは尋問でもなんでもないと。
そう言われても居心地のいい場所ではないなとライオネルは思っていた。
相手がかつて席を並べた同級生だとしても。
「世間ってのは本当に狭いもんだ。この田舎町じゃ余計にな」
「ああ……そうだな」
「お前がこんなところに来る日が来るとは思いもしなかった。久しぶりだな。何十年ぶりだ?思い出話をしにここにいるわけじゃないのはわかっているが、つい懐かしくてな」
町の警察署は大騒ぎだった。人々は入り乱れ、電話が鳴り響き、三日も寝ていないような顔ばかりだった。
「他に空きがなくてな、ここで悪いが静かでいいだろう」
確かに取調べ室は静かだった。ここに入るまでは実にやかましい場所で延々待たされて少し参ってしまっていた。
自分を見てこそこそ話し出す女の集団がいたから余計に。
「わたしがドアを開けたんだよブレンド」
ライオネルは自分の目の前に座った、昔の面影をわずかに残してはいるが、すっかり体型の変わった元スポーツマンを眺めていた。
腹のせいでベルトが今にもちぎれそうになっている。
「そのせいで、助かるかもしれなかった子たちが、撃たれて、」
「ルーシー・ブルーリーはなんて言ってた?」
「なんて……?」
「ドアの前でなんて言ってた」
「開けて、とか助けてとかそんなことだ。ドアの前で叫んでいて」
「あんたは助けを求めた人に対してドアを開けた、そういうことだライオネル。あんたはただ真面目に仕事をしただけだ」
ライオネルは言葉に詰まった。思ってもみないことを言われたからだ。
責められるのを覚悟していただけに、ブレンドの見解が全く理解できなかった。
「気に病むことはない。いいかドアを開けなかったとしても、あの古臭い木のドアはきっと銃弾を貫通する。あの子を止めない限り誰かが犠牲になってた。それなのにまったく……理解出来ん」
「しかし、わたしが開けたのも事実だ、」
「誰も止めなかっただろう」
「な、にをだ?」
「ライオネル神父、あんたがドアを開けるのを、中にいた人は誰も制止しなかった。誰一人。違うか?」
ブレンドの雰囲気があからさまに変わった。
話しかけやすい穏やかな老人のような目は、急に苦々しく気難しい農家のようになった。
彼がこの地位にたどり着くまで一体いくつの顔を使い分けてきたのかと、そんなことを思ってしまうほどだった。
「確かに、誰も……みな黙って見ているかきょろきょろして」
「誰も止めなかった」
「そうだ」
「誰もルーシー・ブルーリーの声を聞いたことがなかったんだと。彼女がああやって声を出すのを知らなかった。あの場にいたクラスメイトの証言だ。ルーシー・ブルーリーはクラスでそういう存在っだったんだと。だから誰も止めなかった。いいかライオネル、あんたが気に病むことはなにもないんだ」
ライオネルは、今度こそ本当に言葉に詰まった。
確信してしまった。
彼女の、助けて、は心の底からの叫びだったのだと。自分に向けたあの顔、あの声は作られたものじゃない、本心だ。
助けを求めていた。
あの子は助けてと。
「だがきっと非難する者が出てくる。お前がドアを開けた神父だと。まあ気にする必要はないし、もしひどい嫌がらせを受けたら遠慮なくすぐに言ってくれ。自分の正義だけを信じて誰かを非難したい人間っていうのは必ず一定数いるもんだ、いちいち相手にしてたらそれだけで年を取っちまう」
ブレンドはいつのまにか猛禽のような雰囲気を引っ込めてしまった。声のトーンすら変わって聞こえた。
「いや実は我々にも困ったことが降りかかろうとしていてな、あの場にいた人間の証言がひとつほしいところなんだよ」
「証言?」
「ヘンリー巡査は、一時的に錯乱していた、普通ではなかった。違うか?」
「ヘンリー巡査?」
「あの子を撃った警官だよ」
「あれはやりすぎだったと訴えている教師がいるようでな。助かったんだぞ?ヘンリーが撃たなけりゃあの子は弾の数だけ撃っていただろう。それなのに生き残っておいてなんの口を挟む気でいるのか理解できん。流れ弾が当たった子は気の毒だったが、生きてる。生きていることが何より感謝すべきことだろうに。一体なんなんだ?それにヘンリーは、」
「娘さんを、失ったのか?」
「そうだ、そんなことまで広がってるのか」
「いや、女の子の名前を叫んでいたよ。ずっと。涙を流しながら」
「……そういうことだ。あいつもまたこの事件の被害者なんだ。なあ一人でも多くの証言がいる。あいつは自分自身をコントロールできる状態じゃなかった。止められなかったんだ。もし、今後なにかあったときは、」
「わかっている。わたしにできることなら、出来る限りのことはするよ」
ライオネルにはそう答えるしかなかった。
よくわかっている。
自分はただの、小さい町の教会に長年勤めている五十過ぎの、老いていくばかりのただの田舎者だということを。
こんな町で同級生でもある副署長の意見と反対のことを言ったらどうなるかなど、わかっている。
ヘンリー巡査がルーシー・ブルーリーを処刑したと、証言する日は来ないだろうということをライオネルは誰よりも知っていた。
しかしライオネルは知りたかった。どうしても。
ルーシー・ブルーリーに一体なにが起こったのか。
あの子の家はどうなっているのか。なぜ誰も止められなかったのか。どうしてこんなことが起こってしまったのか。
「ブレンド、厚かましいが一つお願いがある」
「なんだね」
「この事件で、なにか進展というか、いや起こったばかりのことについてあれこれ聞くのもおかしいが、わたしも知りたい。事件のことが。なぜこんな事が起こってしまったのか、こんな立て続けにこの町に。とても信じられないよ。わたしも関わった以上は知りたいんだ。わたしにも責任がある、事件を知る責任が。彼女を招きいれたのは他の誰でもない、わたしなんだよ」
ブレンドは少しの沈黙のあと、最初に見せた気のいい男の顔を作り上げた。
「いいだろうライオネル、君を信用する。こっちもお願いをしたからな」
「ありがとう」
ブレンドは腕を組み、少し宙を見た後こう言った。
「ルーシー・ブルーリーの家に向かった者からだが、父親が見つかっている。おそらくだが娘のベッドに繋がれ、両足と股間から血を流していたそうだ。おそらく銃によるものだと考えられる。出血がひどいが命はある。意識はまだはっきりしていないようだがな。母親は家にはいなかった。まだ連絡が取れていない。一体何が起こったのか、正直まだ我々もつかめていない。それが今言えることだ。なに三日もすれば優秀なマスコミ捜査官があれこれ報道してくれるだろう」
ベッド?
一体なぜ娘のベッドに。
娘を放って置いて母親はどこに行ったんだ。
「あんたと同じくこっちも疑問だらけだよ」
ライオネルの顔色をみてか、ブレンドが手を降参の形を作って言った。
「いずれわかる。きっと知りたくないようなことまでな」
それがルーシー・ブルーリーに降りかかっていた災難を示していると、ライオネルはすぐにわかった。
ここでの話が終わったことも。
パトカーで自宅に送ってもらい、家に鍵をかけ、遠くにいる兄弟や親しい神父、顔なじみの信者というより近所の住人から来た電話に答え、ようやく眠りにつくその頃には。
ポートタウン連続銃乱射事件はまた少し進んでいた。
デービッド・ブルーリーが意識を取り戻し、シンシア・ブルーリーが彼女の親族の家でくつろいでいたその時。
警官がインターフォンを押していた。




