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ルーシー⑭

追悼式前日。

ルーシーは父親のグラスにウイスキーを注いでいた。


彼はここのところずっと機嫌がよく、ルーシーのために毎日なにかしら買って帰ってきた。ぬいぐるみ、本、服、靴。花や高そうなお菓子。

家事の負担を彼なりに減らそうとの考えなのか、食事は作らなくてもいいようにしかもルーシーが食べたいと言ったものを日々買ってきていた。


おかげで以前よりゴミの量が増えたが、ゴミ出しは父親がやってくれたし、掃除だって今のところは彼の仕事になっていたので、ルーシーは洗濯をするくらいで母親のいたときと生活はさほど変わらなかった。


だから娘が、母親がいなくとも家をきれいに保つことをサボらなかったことに対して父に全身で感謝を表現するために。



ルーシーは今、薄手の白いドレスを着て彼にアルコールを注いでいる。

胸元がレースで飾られた、膝までの長さのひらひらしたドレス。服は父が買ってきたものだ。

ルーシーは古臭いと思ったが、可愛いといってそれを着た。


テーブルの上には丸焼きのチキン、値段の割りに少ないサラダ、チーズまみれのスパゲティ。味の薄いポテト。ルーシーが作ってみたトマトスープに温めすぎたラザニアが湯気を吐き出していた。

焼かれる予定のステーキ肉はまだパックの中だ。そして、お酒。


デービッドはとっくに酔っ払っていた。

チキンを切り刻む手がおぼつかないため、テーブルのあちこちに肉汁が飛び散った。

彼は鼻歌を歌いながら、ルーシーに肉を差し出し、ルーシーはそれを食べた。父の手から。


「今日は最後の晩餐だルーシー」


父はチキンの油で汚れた手を自分の服になすりつけてから、ルーシーに触った。ドレスの下の足に。

ルーシーはそれを気にしないようにしながら、サラダにフォークを突き刺してばりばり食べた。


「牛みたいだぞルーシー」


「この葉っぱが好きなの」


デービッドは笑い、注がれるだけアルコールを口にした。


「追悼式が終わったらグレアおばさんのうちに行くんだろう、俺を一人にする気だな」


彼は酔っていたし、鼻歌交じりで食べてはいたがところどころで正気を覗かせた目でルーシーを尋問しにかかっていた。


「ママには悪いけど」


ルーシーはチョコレートのムースに手をつけた。


「わたしグレアおばさんがあまり好きじゃないから、ほんとは行きたくないの」


ポートタウンより田舎だし。図書館すらない。

そう付け加えた言葉にデービッドは笑った。本当に、満足そうに。声をあげて笑った。

それからワインを飲み、また笑い。

ルーシーに触れ、つがれるがままアルコールを摂取した。顔を真っ赤にした彼は立ち上がろうとしてよろけ、足を踏ん張ろうとしてはルーシーに倒れかかる始末になった。


ルーシーは父の肩を支え、部屋に誘導した。自分の部屋に。

そのままベッドに仰向けで寝転んだ父の横にそっと座り、寝息をしばらく観察してから。

父の手をつかんだ。ネットで買っておいた手錠でつなぐために。

ピンクのふわふわした毛がついた、子供のおもちゃみたいなやつ。


デービッドはなにか言ったがまだ夢の中のようで呂律が回っていなかった。

ルーシーは慎重に手錠を回す。左手オッケー。

父は寝ている。いびきをかいて。そう思っていた。手をつかまれるまで。


「まさか、このままの、つもりかルーシー」


つながれていない手は、ルーシーの手首を強く引っ張り、簡単に倒してしまった。

デービッドの体の上に。

片手でも父の力は強い。恐ろしいくらいに。


こっちを見つめている目は全くの正気に見えた。ちっとも酔ってなどいないように。

手が足を撫で始め、ドレスを捲り上げた。


ルーシーは一呼吸置いてから彼の信頼を得るため、これはただのプレイの一種だと信じ込ませるため従順で時にこんなことを仕出かす可愛い娘を披露するために。


「あんまりかわいい手錠だからつい買っちゃったの」


手錠のもう片方を自分につけ、デービッドに見せ付けた。

父親は笑った。嬉しそうだった。心からの笑みだった。


ルーシーはデービッドの上に乗ったまま、好きなように触らせ、そして腰を下ろした。












熟睡している父を残し、ルーシーは部屋を後にした。

手錠は自分の手首からベッドの柵に移動済みだ。子供のおもちゃのようなデザインのくせに、ちゃんと鍵までついていた。


ルーシーはチーズに包んで鍵を飲み込んでしまった。


それからリビングに戻り、残っているものを適当に食べてからテレビ、電話、冷蔵庫にオーブンレンジ。充電器。

色んなもののコンセントをはさみで切った。

理由は、なんとなく。

ドライヤーやコーヒーメーカーも切った。

ママのだから。


それからシャワーを浴び、部屋に戻った。

父はさっきと変わらず寝ている。


ルーシーはベッドの隅に腰かけ、おとといゴミに出したパソコンがどこまで運ばれたか想像した。

自分なりに壊したつもりだけど、見つかったら復元されるのかしら。警察はアフリカまで行くの?でも一体何罪になるのかしら。お話しを聞いてくれた罪?まさかね。


ルーシーはベッドに横になり、そのまま眠りについた。

夢には、動物がたくさん出てきて、彼女を囲み優しく慰めてくれたような気がした。











朝。

隣には相変わらず父が寝ていた。

気持ちよさそうね。いいご身分だわ。


ルーシーは起き上がり、ベッドの下をさぐった。そしてぬいぐるみの腹から取り出し済みのハンドガンを探り当て、両手でしっかり握り締めた。


銃の種類も威力もよくわからない。

だから至近距離で確実に成果が出るか検証しないといけない。


ルーシーは父の、足の間に銃口を近づけ、あまりにも近すぎてそこに触れてしまったがデービッドは起きるどころか触れられたことに対してただ息を吐いただけだった。


娘のベッドで股間を撫でられ、気持ちよさそうに眠っている父。

ルーシーは途端に強烈な怒りの感情に襲われた。



こいつのせいでわたしのじんせいはめちゃくちゃだわ、まともにいきていけないもういきていけなくなった!



引き金を引く。破裂音。手から体に走る衝撃。

ルーシーは数歩後ずさったがそれで耐えられた。

踏ん張れたわ。

父を見る。股間が真っ赤になっていた。目も口も開いている。


一体どんな夢を見ていたのかしら。


ルーシーは、自分の父が首だけ動かし自分の体の状態と娘を交互に見た後、叫びながら起き上がろうとして失敗したのを見ていた。愉快だった。


急にかかった力に柵と手錠が音を立てて騒ぎ出した。

デービッドが体を揺するためベッドがガタガタ動く。

ルーシーは足を撃った。右足の甲。次に左足の膝。ちゃんと当たった。


ルーシーは足に穴が開いた瞬間、すぐに血であふれなにも見えなくなる過程をしっかり見た。

すごい威力だった。

どこか改造でもしてあるのかしら。

先生が改造したのかしら?すごい。


銃をあちこち見ていると、デービッドが口に泡をくっつけたまま叫びそれからすすり泣き始めた。ぶつぶつなにかを言っている。



ルーシーなぜだたすけてくれこのままじゃパパはしんでしまうどうしてだルーシーいたいんだからだじゅうがどうしてこんなことをルーシールーシー



「わたしのことは……泣いても嫌がっても助けてくれなかったじゃない」



これがデービッドが聞いた娘の最後の言葉だった。




ルーシーはつながれ血を流す父を残して部屋を出た。

顔を洗ってから、朝のニュースを見ようとしてテレビの線を切ったことを思い出し、少し笑った。

もういつもの朝じゃないのにバカみたい。


パンを焼き、ジャムとマーガリンをたっぷりつけ、それをオレンジジュースで流し込んだ。父の騒ぐ声を聞きながら。

町から離れたとこに家を買った意味がわからなかったけど、今役に立ったわ、パパ。


歯を磨き、髪をとかして。黒いブラウスに黒いスカート、それから黒いタイツを履いた。

いかにもそれっぽい。喪に服してる感じだわ。

黒いバッグを手にルーシーは家を出た。


ブランベリ教会まではちょっと遠いけど、歩けないわけじゃない。時間通りについちゃいけないし。

一番遅れて行くことに意味がある。

だってその時にはみんな揃っているでしょう?



朝の光、動き出す小さな虫たち、鳥のさえずり、伸びをする野良猫。


ルーシーは涙を流していたが、それがどういう感情からくるものなのか自分でもわからなかった。

朝はなぜか涙もろくなる。


ただ、通りに出て、最初に会ったおばあちゃんに挨拶をしたときにはそんな気分はすっかりどこかに行ってしまっていた。


無遠慮に見てくる老婆に対し、これから追悼式なんですと、ちゃんと喋れた。


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