ジェイコブ⑪
サラ・フェリカとの短くも満足のいく生活からすでに十ヶ月が経過していた。性活とも言うべきだったか。
あの時は彼女を船着場まで送り、デッキからいつまでも手を振る姿に気付かないフリをして。
ジェイコブはその船から入れ替わりに降りてきた頭の悪そうな若者を手にかけた。
島の案内をしよう、代償は死だ。
いい女なら紳士のままでいることも可能です。
いつもそうだとは限りませんが努力しましょう!ハハハハハ。
ジェイコブにとってはただの思い出だ。しかもすぐ忘れるような類の。あの都会女。
誰かに合わせるのはストレスにしかならないとジェイコブは改めて思ったものだ。
体の相性は良かった方に入る、残念ながらただそれだけ。
サラは今まで通りの生活をしているだろうし、ジェイコブはいつものように島の保全活動に勤しんでいた。
一仕事終えてからパソコンを開きアーサーの元へ行く。
名前が三つ追加され、二つ減っていた。
そのうち一人がアーサーとのやり取りを残していた。
日本人だ。
キタニコウヘイ。
随分と頭の、いや曲がることのない信念を持っていたというべきか。
彼はまるで宗教指導者だった。多くの信者を死に至らしめた。信者とも呼べる彼のファンを。
二万人を収容していたライブ会場は火に包まれた。
浄化作戦は大成功。
現場からライターがいくつも見つかったらしい。持ち込んだのだ。もちろん、使用するために。
どうやってそのファン個人に接触したかは知らないが、相手は完全に陶酔していたんだろう。
アーティスト音哉に。
煙による窒息一斉に逃げ出そうとしたことによる圧死。そして焼死が大多数だと恐ろしいな。
想像のつきやすい単語がこれでもかと並べられていた。死傷者およそ一万人。
「すごいもんだ」
アーサーは重要なのは数ではないという。行動を起こすこと事態に意味があるのだと。
そして次につなぐ事。
自分たちには仲間がいるということを。
世界中に共感し合える存在がいるのだと。
この島にいる限り、自分と共感出来る者には出会えないだろうとジェイコブは思っていた。
島民は皆、観光業に飲み込まれていくことに諦めしか感じてない。外から来たボランティアチームのほうが生態系を守ろうと夢中になっている有様だ。
島に対する自分と、周囲の温度差はどうすることも出来なかった。
パソコンを閉じ、ジェイコブは再び海岸に向かった。船が観光客を吐き出す時間だ。
顔と人数を把握するのは歯を磨くことと同じくらいの日課だった。
ジェイコブは人種当てゲームを毎回しているが、いつまでたってもアジア人を間違っていた。
接触して言葉を聞きようやくわかる。
最近になって細かい仕草や態度の違いに気がつくようになったが、パッと見では全然だった。
今回はそのアジア人の数人のグループが降り立った。
五、六人か。ああ全員同じ顔に見えるぜ。なんてこった男も女も子供までもがそっくりだ。
そのグループの後、一番最後に降りてきた女を見てジェイコブは言葉を失った。
見覚えのある真っ赤な帽子に黒いワンピース。
体の線を強調するぴったりとしたワンピース。
女はわざとそんな服を着ているのだろう。
膨らんだ腹を見せびらかすために。
薄手の黒いカーディガンが頼りなくはためいているのが見え、ジェイコブは我知らず拳を握り締めていた。
サラ・フェリカは明らかに誰かを探していた。
ジェイコブにはそれが誰なのか嫌というほどわかりきっていた。




