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シンシア①

シンシア・ブルーリーはこれが最大のチャンスだと思っていた。

デービッド・ブルーリーの巣から離れるチャンス。


学校で起こったひどい事件を忘れるために、引っ越さなくてはならない。娘を連れて行かなくてはならない。仕事を辞めるのも仕方のないこと。あんな事件が起こった土地なんだから仕方がない。デービッドだって反対できないだろう。

あんな事件が起こったのよ。


シンシアは無垢で無知な子供たちに囲まれながら、デービッドの暴力や暴言を思い出していた。


あの人の機嫌にあわせて生活することがなくなる、ようやく。そうしたら、この子たちともお別れだけど仕方ないわね。どうせ治らないんだし。


シンシアが別の土地のことを考えていたその頃。

はるか遠くの地から彼女の娘宛にメッセージが届いていた。









〈初めまして、ルーシー。わたしはアーサー・グレイフィールド。ジョージの友人だ。君がここに来たことを歓迎すべきかはわからないが、まずはよろしくと言うべきだろうか。ここは、なんというか、簡単に言うと人間嫌いの人々が集まる空間だ。そして彼になにがあったのかは詳しく知らない。わたしは遠い土地に住んでいてそっちのニュースはなかなか知ることがないんだ。だが、なにか行動を起こしたんだろう。少し前にそういうメッセージを受け取っている。彼とは、本当にただの友人だ。お互いの話をしてお互いの抱える問題を話し合うような。彼は知り合ったときからずっと、自分の手でいつか物事を解決しなくてはならないと言っていた。変えたがっていたんだ、自分の置かれた環境を。彼に一 体何があったのか、ルーシー、よければ教えて欲しい〉






 

ルーシーはパソコンの画面をずっと見ていた。

心臓が驚きに揺れ、体を興奮させている。


返事がきたほんとにいたんだアーサーという人は、先生と知り合いだったんだ。


何時ごろ返信がきていたんだろう。ルーシーは早く部屋にこもるべきだったと後悔した。


帰った途端父親の抱擁を受け(無事でよかったと言っていた。外は危険だと。家にいる限りちっとも無事じゃないわ)二人の時間が始まろうとしたとき、母親が珍しく早く帰ってきたためルーシーは解放された。


夕食が終わったあと、二人はなにか話し合いを始めたのでルーシーは逃げることができた。

ママに感謝ね。

そしてサイトへ行き、返信のアイコンが光っていることに気付き、押してみると。


ルーシーは少し躊躇い、そして返事をした。正直に書いていいかわからなかったが、きっとこの人は知っているだろうと思った。

自分よりも先生のことを知っている。

 



〈先生は学校のすみっこに置かれている昔の灯台に登って、その一番上から校庭に集まっていた人たち、その日は学祭でたくさん人がいたんです、そこを目がけて銃を撃ちました。生徒や町の人に向かって。それで、警官に撃たれました。先生はもういません〉




返信は十五分くらいできた。

今この瞬間アーサーという人物はパソコンを前にしているんだとルーシーは少し嬉しくなった。






〈彼がずっとなにかを変えようともがいているのは知っていた。少し大げさな表現をするが世界を良くしようという考えを持っていたのは確かだ。だが結果、こういうやり方を選んでしまったことについては、止めることができず悔やんでいる。自分を犠牲にするしかなかったのかもしれないが、もう彼とこうして話し合うことが出来ないのは残念だ。わたしは君が知りたがっているようなジョージのことをなにもかも知っているわけじゃないんだ、ルーシー。すまない。君は彼の生徒だったんだろう?ここを教えたということは君を信頼していたに違いない。きっと君に見せてきた姿がジョージのそのままの姿だろう。彼はどんな教師だった?〉






先生は。優しかった。真面目だし、私の話をちゃんと聞いてくれたし、人間の愚かさを包み隠さずはっきり教えてくれた。

真面目な先生よ、正しいことをちゃんと言える先生。

ただ、周りと群れるのが苦手でそれで、孤独だった。


ルーシーは思ったままのことを返信できなかった。彼が孤独だったと言いたくなかった。

だから、ただいい先生だったと伝えると、君はこれからどうするんだとアーサーに聞かれた。

言いたいことの核心がつかめずにいると、アーサーから再び聞かれた。

 




〈君はまだ若い。まだ十代だろう。君のような未来ある子がこんなところに来るのは、正直好ましくない気持ちがある。見に来るのは悪いことじゃないが影響を受けた先に待つものが必ずしも正しいとは限らない。ルーシー、君の進路は?将来の夢は?ここを忘れて自分の道に戻るのも選択肢のひとつだ。ここは全てじゃない、ここにいる、そして、ここにいた人たちは悩みぬいて行動を起こしたんだ。ここは生きるうえでの無数の選択肢のうちのたったひとつだと思ってもいい。ルーシー、君の人生はまだ長い、今後いつだってここに自分の思いを吐き出しにきてもいいんだ〉

  




ルーシーははっきりと感じていた。


君がここに来るのはまだ早いと。


へんな影響を受けることをこの人は心配しているのかしら?それか、誰かにここをべらべら話すことを心配している?わたしが若いからという理由で。

いくつになってもダメな人間なんていっぱいいるのに。


それともなにかを察してこんなことを言っているのかしら。


アーサーの文を何度も読むと、自分を止めようとしているようにも感じられた。


ルーシーはふと、教師になった自分を思い浮かべた。

地理や歴史が好きだから、きっとそっちの先生になるわね。ジョージ先生みたいに。


でも昔話に興味を持ってくれる生徒は一体何人いるだろう。わたしの話を真剣に聞く生徒はいるだろうか。

ゲームをしたりコミックを読んだりくだらない男女の噂話で盛り上がる生徒がわたしの話を聞くの?

何年、何十年かしたらわたしに共感する子が現れるのかしら。

そんなの無理よ、待っていられない。


ドリーやパパみたいな人間がこの先ずっと生きていくのかと思うと耐えられない。

ああいう人たちは変わらない。

息の根を止めない限り結局はなにも解決しない。


行動を起こさないと、なにも。


ルーシーはキーボードに向かった。

 




〈最近、本当に色々なことがありすぎて感情的になってしまうことがあったけれど、あなたと話して少し落ち着きました。ここにアクセスするのはもうやめます。生きている限りは前を向かなくちゃいけないってわかってはいたけど、どうしても先生のことが知りたくて。でももう止めますね。わたしにとっては優しくていい先生でした。でもみんながそう思っているわけじゃないから、先生の話はしない方がいいんだって、わかっていても誰かと先生のことに触れたくて。先生を悪く言わないと誰とも話せないから。ここのことは忘れます。今のパスワードで入れないようにしてください、じゃないとまたきてしまいそうだから。話を聞いてくれてありがとう〉

   


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