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ルーシー⑫

一日、二日、五日。

アーサーという人物から返信はまだ来ていない。

初めこそそわそわしていたものの、時が経つにつれルーシーは気持ちが萎えていくのを感じていた。


変なサイトだったのかしら?個人情報とか、思想とかをチェックするような。


もう少しで事件から一週間が経つ。

明日から学校が再開する。もちろん強制ではない。

生徒の様子を確認する、心のケアをする、みんなで悲しみを乗り越えるとかなんとか。

そんな台詞を町の教育委員会と先生たちや保護者会で決めたそうだ。


ルーシーは母親がそう話すのを黙って聞いていた。どの家でも同じ説明をしているのだろうか?

明日は何人くらいくるんだろう。


「そういえば、カウンセラーのハンナ・キーブリーなんだけど」


「どうしたの?」


「あの時、逃げる人たちの下敷きになった話はしたわよね?頭を強くぶつけてて意識不明だって。彼女、昨日亡くなったそうよ」


「そんな……」


じゃあ明日はいないのね。参加者マイナス一。


「明日は無理に行かなくてもいいのよルーシー」


「大丈夫よママ、大丈夫」


クラスの誰が生き残ったのか確認したい、ルーシーは心の中でそう呟いていた。

 








その日の夜は、またアーサーという人のサイトに行ってしまい(あれから日課になっていた)最初は気付かなかったが、リタ・レッドストーンの名を押せることを知ってからは彼女が残した文章ばかり見ていた。


見ていくうちに気付いたのだが、どうやらここには名前が載っている人たちの日記帳とでも言えばいいのか。

自分に起こった出来事、主張、それからアーサーに対して送ったメッセージに(公開している人に限るが)おすすめの食べ物を書いている人もいた。

リタ・レッドストーンがそうだった。


リタ・レッドストーンは。

人道支援がメインのNGOスタッフであったはずなのに。


彼女が書いていることといえば、いかにこの世界が命に溢れている素晴らしいところかで、植物・雨・昆虫・鳥・野生動物の命の輪の循環について語っており、不思議なことにそこに人間は含まれていなかった。

人々をどう支援していくかとか生活をよくするにはどういった教育をすべきなのとか、そういう内容が一切なかった。


彼女いわくイギリスの路地から抜け出して、ようやく踏み込んだアフリカ、とある。

生と死に満ち溢れたアフリカと。


もしかしてアフリカに行くためにNGOに入ったのかしら?


彼女はある日死んだゾウを見つけ、それがどう分解されるか観察していたようで、その内容が載っていた。


おびただしい数の蝿と蟻とウジに、見たこともない黒くて足の早い虫がたくさん、の出だしでルーシーは顔を無意識にしかめていた。





〈ハゲタカが上空を旋回している、きっとハイエナやライオンがくるかも。ジャッカルも。死が命を繋いでいる。体の下には穴が掘られ、虫たちが少しずつ地下に運んでいるはず、ひっくり返して見てみたいけど。残念ながらわたしは怪力じゃない〉



 

次の文章は、人々が押し寄せ肉を切り裂き持ち去っていった、とあった。




〈ここの人たちはいつも飢えている、わたしが小さいときからずっと。変わっている気がしない。その場しのぎの救援でなく、長い時間を要する教育が大事だと、きっと誰もがわかっているのになかなか進まないのはこういった理性を欠く攻撃性・野生の本能みたいな行動に、頭のどこかでこれ以上なにかをしたところで変わらない、ムダと諦めているから。武器を手にしたら使わないと気が済まない残虐性。一体なぜその手にしたナタでゾウの顔をぐちゃぐちゃにしなければならなかったのか。我慢や堪えるといったことが出来ないから本能的な行動が止められないからいつまでも子は飢える。元はといえば私たちよりもずっと前の世代の、わたしと同じ人種のせいだけど。飢えという状況に関しては。でも、それ以外は?〉


 

ルーシーは、確信していた。

リタ・レッドストーンが難民を救いたいなんてひとつも思ってもいないということを。

そして、ゾウというタイトルの、この文の最後。




〈あの場に出て行かなくてよかった。武器を振るい興奮状態である彼らの前にわたしが現れたら、おそらく死んでいたゾウと同じ目にあった。出てきたわたしが生きていても。姿形が彼らと似ていても。ゾウの肉と一緒に焼かれたかもしれない。白い肌の同属を食べるくらいだもの〉






ルーシーは読むのを止められなかった。結末を知っていても、彼女のことが知りたかった。

あと何時間かすれば学校に行かなければならないのに、目が冴えてしまっていた。


サイトにアクセスしている間に返事が来ないものかと期待していたが、結局アーサーという人物から返信は来ず、ルーシーは三時間眠った後に母親が起き出した音を聞いた。












静かな校庭。静かな校舎。静かな教室。


ルーシーが教室に入ると何人かが顔を上げたが、すぐに目を背けた。友人と小声でのお喋りに戻ったり、手の中の小さなコンピュータ画面を覗く作業に戻ってしまった。


空席は、欠席なのか、それとも。


ルーシーが自分の席に座ろうとしていたその時。

ドリー・エリオが近付いてきた。真っ直ぐ。どう見たってルーシーに用事がある風だった。

ドリーはルーシーの前で止まった。

こんなに近距離でドリーの顔を見たのは初めてだった。


まつげがあんまりないのね。ファンデーションが層になってる。塗りすぎだし不自然ね。


「最初から知ってたんでしょ」


ルーシーの心の声は一瞬で途切れた。


「あんた、わかってた。だから休んだんでしょ!あのクソジジイになにが起こるか聞いてたから来なかったんでしょ!知ってて黙ってたんでしょ!?」


教室にドリーの声が響いた。ドリーのヒステリックな声が。

クラス中の目が二人を見ていた。

ルーシーは声を失くしてしまったかのように突っ立っていた。


わたしはなにも知らない。なにも知らなかった。先生が抱えているものなんてなにも知らなかった。放課後少し話しただけでずっと前からの友人にでもなった気分だった。わたしをわかってくれる人。否定しない人だと。先生のことをなにも知らなかったのに。 


鼻の奥がつんとしてきた。こんな人の前で涙を流したくなかったが、どうしようもなかった。 

ジョージのことを思い出すと悲しくなる。


涙がルーシーの頬を流れ、床に落下していった。


それを見て、一度ハッとした顔をしたが。

すぐに憎しみに駆られた表情を見せるドリーを見つめていると、いい加減にして、という声が横から降ってきた。


「もういい。少し黙っててよドリー。こんな時まで。あんたにはうんざりだわ」


アビーなんとか。ドリーと同じグループの人。


「わたしがなにしたって言うのよ!ミラのことは知ってるでしょ!」


「くだらない噂を広めたのはあんたとミラでしょ、あんたわかってて言ってるの?」


「アビー!友達のくせになんなの?!そいつの味方をするつもり?!」


「味方?!そういうことを言ってるんじゃないわ、本当に頭が悪いんだから。その思い込みと声のでかさにはもううんざりなのよ」



思い込み。人の話を聞かない。自分の思想が絶対。言葉が通じない。やり取りができない。コミュニケーションが取れない。

同じ姿形でも、なにひとつ意志が通じなければ別の生き物。

ただ害を為すだけなら。いっそ。



ルーシーは頭の中で、ドリーを、そのボリュームのありずぎる髪をつかみ机に叩きつけていた。

言葉が通じないんだからこうやってやり返すしかない。頭の中でだけど。


実際の自分は、ただ押し黙って二人のやり取りを聞いているだけだった。

今や元友人同士の口喧嘩にルーシーのことは含まれていなかった。

ルーシーの席の側で、長年の不満をぶつけ合っているいるため、ルーシーは座ることも出来なかった。


やがて生活指導をしているウィルソン先生がやってきて二人を止め、そのまま連れて行ってしまった。


戻ってきたウィルソンはハンナが死んだことを口にした。そしてクラスメイト、他のクラスの生徒、先生、町の住民の順で犠牲になった人を紹介し、犯人の話をした。



ルーシーは再び泣いた。

結局ウィルソンに付き添われ保健室に行くことになった。

途中、ウィルソンに、ジョージ先生があんなことをしたなんて恐ろしくて、わたしはなにもできなかったと訴えると教師は抱きしめてきた。


ルーシーの見解。

大人にはおそらく疑われていない。


ウィルソンは追悼式が計画されていることを話してくれた。

無理に出る必要はない、強制じゃないからと言ったがルーシーの答えは決まっていた。




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