表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/88

ルーシー⑪

慰めるという名目でルーシーの部屋、いやルーシーのベッドに居座っていたデービッド・ブルーリーが、やっと自分の寝室に戻ってからルーシーは起き出した。はっきりと覚醒していた。


パソコンに向かう。サイトに踏み込む。


出てきたのはレリジャス・ファナティクスという文字。

……狂信者?

やっぱり宗教的なところだったのだろうか。

宗教に取り付かれた人ほど恐ろしいものはないのに。先生が宗教にはまっていたなんて信じられない。あんなに現実的に人間の罪を話していたのに。


頭をよぎる不安を押し込めルーシーはパスワードを入れるための枠に向かう。パスワードを投げ込む。一瞬で切り替わる画面。


人の名前がずらりと並んでいた。

ルーシーはしばしそれを眺めていた。なんのサイトかつかめなかった。名前を押していいものかどうか躊躇った。日本人の名前もある。ジョージ先生の名前もあった。


一体ここはなんなんだろう。


ルーシーは、いくつかひっかかる名前にぶちあたった。見たことのある名前なのだが、思い出せない。なにかの分野の有名人?

テレビをあまり見ないルーシーには、著名なスターの名前がさっぱりだった。でもなにかひっかかる。


一番上のアーサー・グレイフィールドについてはなにも感じなかったが、二番目、リタ・レッドストーン。なんだろうどこかで、


「……ネイサン・シルヴァーノン?」


犯罪者の名前だ。大量殺戮を行った、宗教指導者。なんでそんな人の名前が。


ルーシーは一瞬、ここはそういう犯罪者を紹介するサイトなのではと思った。同じようなサイトは実際たくさんある。


例えばローマ時代から現在まで、ありとあらゆる人間の殺人行為をお披露目するサイトはいくらだってあるのだ。


それは教訓としてなのか、それとも時代が変わっても人の行いというのはさして変わらないことを知らしめるものなのか。

単なる好奇心と興味によるものなのか。


ここの管理人は一体、違うどうしてジョージ先生はここをわたしに教えたかったんだろう。


ルーシーはリタ・レッドストーンの名前をネットで検索し、そして次々現れた画像のうち一枚を見て飛び上がり思わずサイトを閉じてしまった。


名前の持ち主のことを完全に思い出してしまったのだ。

もはや眠気はどこかに去ってしまった。


ルーシーは体を丸め目を閉じたが、止めようと思ってもどんどん掘り起こされる自分の記憶に向かい合うしかなかった。








リタ・レッドストーン。


確か、その本はアフリカ大陸の犯罪とか女性犯罪者とか、そんな感じのタイトルだった気がする。

そこに彼女はいた。彼女は難民を救うNGO団体の一員であり、難民キャンプに長年滞在しているナースだった。

命を救う立場であったはずの彼女は、ある意味では多くの命を貧困と飢えから救ったとも言える。

死ぬことで、だ。


彼女は、内戦からやっと逃げ延び屋根も壁もないだたのビニールテントもしくは野ざらし状態の、病気と空腹そして死の恐怖から何日も歩きやっと難民キャンプにたどり着いた数多くの人たちに、毒を配った。

水、缶詰、ミルク、薬、手作りクッキー。

あらゆるものに毒は混ぜられた。


何の毒だったかは知らない。アフリカで割りとたやすく手に入るもの、という記載だけ覚えている。野性動物を容易く殺すように使われている毒だってことも調べて知っていた。

そして、そのせいで多くの人々が命を失ったのは事実だ。

遺体が地面に点々と横たわる、白黒の画像が残っている。


でもそれよりも。その事件よりもっと恐ろしいのは。ルーシーの記憶に刻まれてしまったのは。


この人たち(この大地だったかもしれない)を救う最良の方法がこれだったという彼女の発言より、もっと恐ろしいのは。

彼女のその後。


同僚のNGOスタッフから現地の警察に引き渡され、留置所で自ら毒を飲んだ彼女のその後。

現地の人々は魔女だと大騒ぎした。

たった一人で何百人も死に追いやり、今も苦痛を訴える人で溢れている。

魔女の呪いだ生き返る恐れがあるから焼かなければならないと。


難民たちは集団でリタ・レッドストーンの遺体を置いていた病院に押し寄せ、彼女を奪い去り、焼いた。

警察も一緒になっていたそうだ。

きっとここまではまだ、理解のできる範囲。でも、その後。


魔女の呪いを解くためなのか、それとも魔女の力を取り入れるためなのか。ただの興奮状態にあったのか。


ルーシーにはわからない。遺体を焼いて食べた理由など分かりたくもない。


……なぜこんな画像が残ってしまったんだろう。


首は、目がなかった。目があった部分には丸くて黒い空洞になっていた。唇も鼻も耳もなかった。髪の毛は残ってはいたけど、顔が丸々食われていた。

あごから上に肉を引っ張りあげたんだろう。亀裂は眉間に達していた。鼻もただの穴、むき出しの歯茎と歯。


薪の横に置かれていた。アングルは真正面。蝿があちこちに写っていた。


リタ・レッドストーンの行いは理性的だとルーシーは思った。悲惨な環境ばかりを見すぎたせいで、この先を悲観し人々を楽にしてあげたくなったのかもしれない。

でも、彼女を焼いて食べるという行為には、おぞましさしか感じられなかった。


教養のない人間ほど恐ろしい存在はない。

姿形が同じ、同じ種類であっても考え方が違えば全く別の生き物だ。同じ形をしている分余計に恐ろしい。

理解し合える日を、少しでも想像してしまうのはきっとそのせいだ。

そんなの無理なのに。








ルーシーは再びサイトに向き合った。

何人か、全員ではないがクリック出来る名前がある。


ある男性は自分の仕事が見知らぬ観光客を毎日世界中へ輸送することであり、そのせいで世界のあちこちの環境が破壊されることを嘆いていた。

ある女性は小動物の命を奪う車がどんどん増殖していることに怒りを訴え、どう破壊すればいいのかを悩んでいるようだった。

身勝手な人間の都合で実験される動物のために行動を起こす、という女性。

土地開発を憎み死ぬまで戦うという男性。


人工的に自然災害を起こすことに熱意を持っている人や、戦争が一番の間引きなのだから争いを絶えず続けなければならないと主張する人。


みんななにかに取り付かれているようでルーシーは気味が悪かった。


誰かに言えない本音を漏らす場所だろうか?

でも、先生は、それだけじゃ済まなかった。


ジョージ・ホワイトの名を押すのが怖かった。でも押さないわけにはいかなかった。

名前を押す。押せた。

表れたのは先生の言葉だ。本音の。


ポートタウン開発の世代を憎み、町の汚染を嘆き、なにも理解できない生徒たちを哀れむ。 

この町を良くするためには一度リセットしなければならない、生きていてもしょうもない人間はたくさんいるなんとかしなければ行動を起こさなければならないと。

それから、自分のこと。家族の。会話のない家。

一緒に住んでいても何を考えているかわからない相手。自分の存在など無いことになっている空間。

自分はこの家の幽霊。

学校に心地のいい場所があった、ただの資料室だが、最近奪われてしまった。


その言葉を見たら、涙が出てきた。

先生は戦ったんだとルーシーは思った。でも。

ここはなんなの?先生にあんなことをさせた場所?



ジョージの言葉の一番下、メッセージを送信する枠があった。

ルーシーはどういう文章を送ればいいのか迷った。


見ず知らずの相手だし、いきなり質問をしてもいいのかしら?返信が来なかったらどうしよう。そもそもすぐ返事は来るのかしら。ちゃんと名乗るべき?


ルーシーはしばらく考えてから、キーボードに向かい文を打った。

何度も読み返してから送信ボタンを押した。

そこでようやく眠気に襲われ(もう明け方だったが)ルーシーは眠ることにした。

調べなければならないことがまだあったが、夢の引力には敵わなかった。

 









アーサー・グレイフィールドのところに、ジョージ・ホワイトの項目からメッセージが届いた。

彼からの最後のメールには、返信は不要とあったためパスワードも変えずそのままだった。


ここに入れるということは、その変更していないパスワードを教えてもらった人物ということになる。

すなわちジョージの信頼を得た人物だ。


彼はしばらくそのメッセージを眺め、それからジョージのことを思った。


どうやら根付かせることができたようだな、ジョージ。

以前にも言ったことがあるが、君に共感する人間はちゃんといるのだと。


返信に取りかかる前にアーサーはもう一度、彼女からの言葉に目を通した。







〈初めまして、わたしはルーシー・ブルーリーと言います。突然すみません。聞きたいことがあったのでここから連絡をしました。わたしは、先生がいた学校の生徒で、先生から社会学を教わっていました。あなたは先日先生が起こした事件をご存知でしょうか?先生は前からあんなことをしようと思っていたんですか?先生になにがあったんですか?それから、ここは一体どういったサイトなのでしょうか。良かったら教えてください。なんでこんなことになってしまったのか、知りたいんです。よろしくお願いします〉





アーサーは、この子は答えがわかっていて聞いているなと、なんとなくだがそう感じていた。

結末までは想像していなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ