音哉⑫
シノブは音哉を追い、ステージから飛び降りる。
音哉は床に這いつくばりうつぶせのまま、柵の中の惨状を眺めていた。
「お前は、なんてことを一体なにをしたかわかってんのか!」
「みんな、をつれていきたかったんだずっと」
「なんだと」
「みんなわかっているくせに足踏みしているばかりだからおれが行動を起こしたんだよ!」
ギャアギャア喚いていた客の声がより一層大きくなった。見るとどこか一斉に同じ方向に雪崩れ込んでいる。柵を壊したのだろうか。会場のドアを叩きつける音が響き始めた。
火の手は後ろのほうからも上がっているように見えた。
もう後ろまで火が到達したのか?煙があちこちからのぼっている。
一体誰がつけた、まさか観客が?
「どう、なってんだ」
なぜスプリンクラーは作動しないのか、なぜ誰も消火器を持って駆けつけないのか、なぜ誰もドアを開けに来ない消防車はまだなのか誰も通報を……そんなシノブの心を見透かすかのように音哉は言った。
「おれの味方以外はもう先にいったよ、俺をわかってくれた人たちだけ最後まで残って仕事をしてくれている、けどもうきっと今は誰もいない」
「なに、言って……」
それは長年自分たちを支えてくれたスタッフたちの死を意味していることに、シノブはすぐには気付けなかった。
「ほらシノブみろわかってるだろみんなこうなりたかったんだよ」
音哉はライターを手にしていた。それは数年前のツアーのグッズで。自分たちのバンドのロゴが入ったものだった。
見慣れたライター。
けれど今それを手にしている人間は。
長年一緒に活動してきた家族とも言えるその男は。
全く見たことのない顔で、音哉でも黄谷公平でもない初めて見る頭のおかしいその男は。
足元にライターを放り投げようとしていた。
「シノブ、長く一緒にいたのにおまえは最後までなにもりかいできていなかった、本当に残念だよ」
シノブはギターを振り上げ、音哉を再び打ち付けた。
「おまえにも、協力してほしかったけど、」
ライターが飛んでいく。ステージの方向へ。
「でも見ろ!やりとげたおれはやったずっとこの日を夢見てた!」
なにかがステージで燃え上がったがシノブにはどうでも良かった。
「みんな心のどこかでこのときをまってた」
音哉は何度叩かれても喋るのを止めなかった。
「おれにはじめてほしがってた」
頭のおかしい人間。早く黙らせないと。
「死が世界を救う死があらゆる汚染を止める死が命を営む」
シノブにはそれが今の自分の義務のように思えた。
「ほ、ら、みんなで、いこうって」
何回目かでギターが折れてしまったので、なにか、殴る物がないかと辺りを見渡すと鉄の棒があった。四角でどこかの柱になるような。
これも会場を散らかった地下室風に見せたてるための小道具の一種か。
シノブは鉄の棒を握った。それはとっくに熱くなっていてシノブの手は痛みを訴えていたが、
「だから、お、れ、が、こおどおし、」
音哉を黙らせるのが先だった。
何よりも。
「……あー、……サーァア、……」
最後の呼吸が誰かの名を呼んでいるかのように聞こえた。




