ルーシー①
ルーシーは毎日毎日わざとゆっくり歩いている。朝も帰りも。そのせいでのろま、ゾンビと呼ばれたこともあるが、ちっとも気にならなかった。
ルーシーは家に帰りたくなかった。
けれどどんなに早く家を出ても。バスを使わず遠回りして寄り道して時間を潰しても最終的に家に帰ってしまう。なぜならそこが自分の居場所で寝床だからだ。逃げられない。泊めてくれる友達も、ましてや彼氏なんて。
ルーシーは家に帰るしかなかった。
ルーシーの両親は教師で、彼女は父と母ではなく教師に育てられたようなものだった。
彼女は真面目で規則をきちんと守り大人の言うことを聞く子であり、同年代の子から距離を置かれていた。
小さい頃はそうでもなかったのに、大きくなるにつれて。合わないと、教師である親に色々と話されるのが嫌だからと。話したことなどないのだが、勝手に警戒され、それを挽回することなく成長した。
今思えば一種の仲間はずれに近いいじめだったが、ルーシーはその原因になんとなく気付いても、もうどうしようもなかった。
だって親を取り替えることなんてできない。
そのまま、本音を話せるような相手が出来ないまま日々だけが過ぎた。
将来も当然のように決まっていた。親と同じ教師。多分。
本当はやりたいことなんてなにもない。
ルーシーは家の前で立ち止まった。
ママの車はない。パパの車は、ある。
二階の窓から父親がこちらを見ていたので、ルーシーは音もなく家の中に入っていった。父親はもう階段を降りきっていた。
「おかえりルーシー。今日は昨日よりも遅いな」
「先生にレポートを見てもらってたから」
「そうか。いい評価はもらえそうか?」
「わからない。ママは?」
「いつもの会だ」
「そう」
温めて食べるようにとメモつきの食事が迎えてくれる。そんな生活が数年。
母親は保護者たちと一緒に学校の運営改革に夢中で家にいない。
母は、頭のおかしい幼い子たちに夢中だった。
やりがいがあるんだろうとルーシーは思っている。普通の子より手のかかる方がなにかをやった気になるんだろう。自分の娘よりも。
父親はそういう面倒ごとには無関心だった。授業をこなしてただ帰るだけ。文句を言われているかどうかなんて知らない。
ルーシーが知っている教師は仕事に追われこんなに早く帰って来ないはずなのに。父の頭がいいことは知っている。難しい化学の教授だったことも。母とはあまり話さないことも。
いつからか私はおいていかれた。パパのところに。ママはなにをしてるのかわからない。
あの人は社交的で外が好き。自分の生徒が大好き。私のことは……なにが起こっているかなんて興味がないんだわ。私のことなんてなにも知らない。
私はいい子だから、こんなことで今まで築いてきた家族のなにもかもを壊してはいけない。それがただの世間体であったとしても。
私は教師の両親を持つ真面目で優秀な高校生なのだから。
そうじゃなくなったら、なにもない。
味を感じることなくルーシーは食事を終えた。それを待っていたかのように父親が彼女を呼ぶ。
まるで操り人形のように彼女は父親の元へ向かった。
「さあルーシー、脱ぐんだ。一緒にシャワーを浴びよう」
ルーシーは知っていた。
自分は何もかもからとっくに見放されているということに。