ジョージ⑬
ジョージは運転しながらパンを食べ、気分を高揚させる薬をコーヒーで流し込み、制限速度で走りながら学校へついた。
すでに多くの人が集まっていた。大人も子供も、年寄りも。
人々はそれぞれなんらかの話に夢中になっており、その話し声の集合体がジョージの頭に意味のない音だけの声を降り注いできた。
ジョージは耳栓をした。
もっとあとに使う予定だったが早まった。
ジョージの視界は眩しいくらい鮮やかに染まっていた。
赤や黄色のバルーンを手にした子供、派手な衣装で歩く生徒(なにかのショーを控えているのだろう)出店に客を呼び込むため声を張り上げる子に、男子によるチアリーディングもあるようで女装した生徒が集まっていた。
フリーマーケットには年寄りの団体がいて、品物を検分していた。生徒は売りたい一心で笑顔を振りまいている。
生徒が作った作品を町の人々が眺めている。浜辺に打ち上げられたゴミで作った動物だ。子供が並んで写真を取ってもらっている。
エプロンをした生徒が、なにか問題が発生したようで急いで先生の元に向かって行くのを見つつ、ジョージは灯台に真っ直ぐ向かった。
ところどころペンキがはがれてはいるが、白を保った歴史ある灯台へ。
造花やカラフルな電球、ぬいぐるみなどで装飾しているせいで陳腐に見えもしたが、どう頑張ってもあれはただの白い筒だ。
味気無い筒。だが。
先端には筒を一周するように足場と柵が取り付けられていて、そこに出るために人一人分の穴が開いている。そのくり貫かれた部分以外はコンクリートの壁。
あの筒は要塞なのだ。
後に、大荷物を持ったジョージが灯台に入っていくのを見たという証言がいくつも出たが、一日見回りをするため暇つぶしか何かを持ち込んでいると思って、気に止めなかったという。
先生のことだから本を大量に持っていったのではないかと。
実際に本はあった。一冊。
野生動物のあるがままを写した、写真集だった。
灯台に入り、木で出来た古くさい戸を閉める。
一階と言っていいものかわからないこの空間には、頂上へ行くための螺旋階段がほぼ全てのスペースを占めていた。
昔、漁師が使っていたガラクタもそのままになっている。網や割れたブイには黒いカビが生えていた。
ジョージは苦労して錆びたいかりを引きずり、扉の前に置いた。いかりは五つもある。大した足止めにはならないだろうが、気休めだ。
網もおまけにつけてやった。誰かつまづくだろうか?
階段を一段上がったその時。声がした。階段の後ろから。
ジョージは拳銃を手にし、声の持ち主へ向き合った。
そこには自分の口を手で押さえているミラ・カーティスにアメフトバカのダラスがいた。
二人は驚いていた。
まるでジョージがここに来るのが早すぎるとでも言いたそうな顔をしていた。
それか、こんなところに見回りに来るはずなんかないと。
ジョージが手にしているものに気付いていない様子だった。
ジョージも驚いていた。生徒が二人仲良くサボっている光景ではなかったからだ。
ミラ・カーティスは制服のボタンがほとんど外され、ブラジャーどころか胸があらわになっていたし、ダラスといえばチアリーダーの格好をしている。
二人とも太ももをむき出しにしていた。
ミラが拳銃に気付いた。
ごめんなさい先生、わたしは、こんなことに、までは聞こえた。
瞬間爆音が響きミラの声はかき消された。
今日のプログラムにあった昼間に打ち上げる花火の開始だった。
本当はこれにあわせて始めたかったのだが、ここにいるバカ二人のせいで流れが少しばかり狂ってしまった。
至近距離で顔面を撃ったものだから、その二人の顔はすぐになんなのかわからなくなったのだが。
ジョージは気を取り直して階段を上り始めた。バッグの重さに背中はすぐ汗で湿り、肌は不快感を訴え出す。
普段運動をしないし、もう年だからすぐに疲れるんだろうなとジョージは息切れしだした体でそんなことを思っていた。
上へ伸びる階段のつきあたり、天井に埋め込まれた入り口がジョージを出迎えた。上に開くタイプの入り口だ。
もう下に用はない。
ジョージは今や足元にある入り口に鍵をかけ、ライフルを構えて、地上を見下ろしていた。
昼間の花火。
夜はきれいだけど昼に見たってただの光と音ばかりでなにも見えないものねと、ハンナ・キーブリーは生徒が焼いたホットドッグ片手に空を見ていた。
音ばかりがうるさい。この破裂音は耳に響く。
空を睨んでいると、近くに居た人がケチャップを飛ばしてきた。ホットドッグを手にした自分の腕についたのだ。
ハンナはそっちを見る。
子供だったらまだ許せるけど、そう思ったハンナの視界に入ったのは胸を真っ赤にした老人だった。
辺りを見渡す。何人か倒れていた。
自分と同じようにあちこち見ている人と目が合った。破裂音。また誰か倒れる。悲鳴がする。恐怖に駆られた声が上がる。
走り出す人が突っ立っている人を突き飛ばした。
破裂音破裂音破裂音。
まさか、花火の暴発?
人が倒れている。破裂音がして、人が倒れる。血が出ていた。
ハンナは気が付いた。
ケチャップじゃない。
破裂音の先、何人かがそっちを指差し逃げろと叫ぶその先には灯台が。
黒い銃身がこっちを向いていた。
ああなんてこと、人が撃たれているんだわ!
ハンナは、逃げているつもりだった。この場から急いで逃げなければと。
だが同じく逃げる生徒の群れに衝突して転倒し、そして踏みつけられた。体中が足の裏の重みを受けた。鼻の奥が出血を伝える錆びた臭いを訴えてきた。
だがハンナには為すすべがなかった。
ジョージは淡々と引き金を引いていた。的は大きい。鳥やネズミに比べたら当てやすい大きさだ。
やはり練習あるのみだったなと、ジョージは思った。
ハンティングのことはアーサーには打ち明けていなかった。
動物を愛する彼に軽蔑されることがわかりきっていたからだ。
だが本番に向けた練習は絶対しなければならなかった。
仕方ない。
アジアやアフリカにいるようなサルが森にいたら、なんの気兼ねもなく撃てただろうなとジョージは思った。
ヒトに進化する恐れがあるのだから、減らしておいた方がいいに決まっている。
ジョージは生徒や町の住民を撃ちながらそう思っていた。
それからマリオンとジェニファーを思い出す。
きっと、この先生きていても苦労するだけだ。あらゆる非難が彼女たちを待っている。なら、死んでしまったほうだ幸せだ。苦しむことはもうない。
弾薬を詰めようとジョージが一歩下がった瞬間、灯台の壁に銃弾が次々と刺さってきた。
警官の登場だ。
急にサイレンが鳴り響き、辺りは騒然となる。
灯台の入り口に何人も向かっていくのが見えたため、そっちに銃口を向けるが、別の方向から銃声。ジョージの耳を掠めた。
ジョージはなんの狙いも定めず地上を撃ちまくった。下からの攻撃はしばし止んだが、灯台のドアが壊された音がした。木のドアは破られたのだろう。
侵入者はいかりと網、それからミラとダラスに出くわしただろうな。
転んだりしただろうか?ははは。
階段を駆け上がる音がする。ジョージは地上に向かって撃つのを止め、ここに雪崩れ込んでくるであろう警官を迎え撃つ気でいた。
ジョージの方が圧倒的に有利だった。出入り口は一つ、ジョージからすれば足元だ。銃弾が振る入り口に誰も突っ込んでは来ないだろう。
ガタガタ言い始めた出入り口に銃口を向けたその時。別の音が。ヘリだ。
ローター音が鳴り響き、灯台を攻めるように風が舞い上がった。
ジョージはヘリ目がけて撃つ。空のライフルを捨て、マシンガンを握る。ジョージの立て続けの銃撃にヘリは離れていった。だがすぐ近くを旋回している。
その間に出入り口を撃った。少し隙間が出来ていたからだ。
出入り口である鉄製の蓋は鍵ごと持ち上げられ、三センチばかり隙間が生まれていた。
ジョージが放った銃弾は、そこを縫うように走っていき、警官に悲鳴を上げさせることに成功した。
その間にヘリが再度近付く。ジョージはハンドガンで応戦した。
が、彼に突然痛みが走る。
下半身、足?
痛みは次に違う場所を襲った。体中を。銃を握っていられないくらいだ。
見たら銃が手の中になかった。落としていたのだ。多分、あまりの痛みに。
ヘリからの銃撃が当たってしまった、そうぼんやりと理解する頃には、ぶち破られた入り口から次々撃ち込まれる銃弾に背中を跳ねらせている最中であり、ジョージ・ホワイトはそのまま死んでいった。
惨劇から二時間近く、死傷者六十八名というポートタウンを一躍有名にする事件を一人やってのけたのだ。




