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アーサー⑦

「ハニーが帰って来ないんだ、姿が見当たらない」


ペギーが久しぶりに見たアーサーは、普段となんら変わりのない様子でそう告げた。


「もう三ヶ月になる。探すべき所はもう探しつくしたし、ここ最近野生のヒョウが市場に出た記録もない。どこかに旅立ってしまったようだ」


「まあなんてこと、アーサーあなた大丈夫?」


「ハニーがいないことに慣れてきた所だ。俺が育てたと言っても相手は野生動物だ。今より居心地の良い場所を見つければそっちをなわばりにするだろう」


本当は支障有りだった。なにしろ左側を任せていたのだから。

狩りが少々不便になったなんてペギーには言えないが。


「もしかしたらお相手が見つかったのかもしれないわ」


「そうだったら是非とも紹介してもらいたいものだ。だがペギー、あの周辺で雄のヒョウを見かけたことはなかった」


「雌の匂いを嗅ぎつけて雄はどこからでもやってくるものよ。いい方向に考えましょう。ハニーはなにもあなたのことを忘れたわけでも家出したわけでもないのよ」


困った父親のために、ペギーは職員たちに尾のないヒョウを見かけたら至急連絡するようにと指示した。

相手は家の中で飼っているペットではない。こんなことは当たり前のように起きる。


アーサーは発信機つきの首輪やマイクロチップに難色を示すため、人の手でたまたま見つかるのを待つしかない。

それか相手がふらっと戻るのを。


「大丈夫よアーサー大丈夫」


アーサーはこの〈大丈夫〉を何度も聞いてきた。うまくいったこともそうでないこともあった。

結果はどうであれただ彼女に念を押されたいだけかもしれない。大丈夫だと。


「ペギー」


「なにかしら」


「君は大丈夫か?」


「ええ。まだゾウの子を引きずるだけの力はあるのよ。このあいだは威嚇しあうアリクイの間に入って止めたわ。私が大声を出したら怯んだのよ」


「それは良かった、さすが所長だ。そろそろ行くよ。また来る」


「いつでもいらっしゃいアーサー、私はいつだってここにいてあなたを待っているわ」


アーサーは知っていた。彼女がなんらかの病に侵されていることを。前に会ったときより痩せたように見えるし、ずっと咳をしている。

良くない兆候だ。

どこかの臓器が悲鳴を上げて体から出て行こうとしているような、吐く一歩手前の咳を。

食欲も落ちているようだ。


食べることが出来なくなったらどんどん衰えるだろう。もう十年もすれば寝たきりの老婆になるのだろうか?


先のことを考えれば悪い方にばかり向かう。だが仕方のないことだ。

ここにいれば、このアフリカでは生と死を嫌というほど肌で感じそれがすぐに日常になり、感覚は麻痺状態になる。

必要以上に交流すべきではなかった。

死は悲しい。

しかしペギーとの付き合いは彼女の人柄に押された結果なのだろう。居心地は悪くなかった。


彼女が亡くなったらアフリカの大地がよく見渡せる場所にでも埋葬しよう、そんなことを思いアーサーはパソコンを開いた。


ある意味そこはもう一つの大地だった。救いがあるように見える不毛の地。

ジョージ・ホワイトから交信があった。


そこには妻と娘を楽にする予定である、と書いてあった。そして明日、灯台へ向かうと。

 




〈祭りがある明日参加する明日には全てが終わる返信は必要ない明日の朝に全て消去するしもしかしたらアーサー君がこの文章を読んでいる間に私のパソコン自体破壊され焼かれて埋められるか沈められるかスクラップ工場にでも紛れこませるべきか、いずれにしろ連絡手段は断たれる準備はすべて整ったなにもかも。非常食も用意した不味そうな固い代物だ果たしてこんなもの必要になるのか?味見していたら笑いがこみ上げてきた災害を起こすのは私だ!私!アーサー今までありがとうここに出会えて自分が良い方向に進めたと思っている。一人ひっそりと死を選ぶ選択は消えた誰かが行動を起こさなければならなかったこの負の町にそれがたまたま私だったという話だ。地上に引き金を引く瞬間が非常に楽しみである。ジョージ・ホワイト〉




 

アーサーは二度、ジョージの言葉を読み、一呼吸置いてからもう一度読んだ。


今夜は外へ行き大地と星空に祈ろうと思った。

祈ることに意味など感じなかったが、ジョージに対するせめてもの、彼を称える気持ちからだった。

アーサーは心から思っていた。


彼の行動がうまくいきますようにと。


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