ジョージ⑫
帰宅したジョージを出迎えたのはいつもの光景。
もう何年も同じ光景ばかり見ている。
妻は老け、娘は成長したが、目にする光景つまりジョージに背を向けテレビに夢中になっている姿は変わらない。
ジョージは二人の背中に話しかける。心の中で。
真面目で勉強熱心でユーモアもある、そんな子がいじめにあっているんだ。放課後教師と一緒にいたからという理由で。いや理由など取ってつけたようなもので、単に彼女がターゲットになってしまっただけかもしれない。わたしといた、わたしといて歴史やニュースなんかの話をしていただけだ、なにもしていない。被害者だ。
そして多分家庭でも問題を抱えている。
わたしといたせいだから、わたしにも責任がある見てみぬフリなど出来ない、この環境をなんとかしなければならないそうだろう?
マリオンとジェニファーは相変わらずテレビを見ている。ときおり笑ったり文句を言ったりして。
ジョージのことなど気にも留めていなかった。
二人が無言でいるのは、自分に対しての肯定だとジョージは思った。
サウスポート高校での学際は二日間行われる。土曜日と日曜日に。
当日、ルーシーは頭痛を両親に訴えベッドにくっついていた。
母はそういう行事には参加させたいようだったが、父はそういうバカ騒ぎに興味のない人間だったため学校へ行けとは言われなかった。
どうせ今日は授業はない、ただの出席日数のための登校になるのだし、ルーシーはなんの係りにもなっていなかったからいなくてもいいのだ。
いてもいなくてもいい。
彼女は鍵を握り締め、目を閉じた。
なんとなく、先生が教えてくれたサイトへは行く気になれずにいた。ちょっと怖かったのだ。知らない部分を見てしまうのが。
変な宗教のサイトだったら次からどんな顔して先生に会えばいいんだろう、そんなことを考えていた。
その頃、ジョージ・ホワイトは自宅に居た。リビングに。
いつもの自分の場所に座っていた。
その数十分前までトイレにこもっていたマリオン・ホワイトは、今や爽快な気分だった。
鼻歌交じりでリビングに行き、出て行ったはずの夫の姿に気付いて、一瞬肩を跳ねらせた。いると思わなかったからだ。
なんで今の時間にいるんだろう、ああ今日は学校祭ね、いつもより家を出る時間が遅かったかしらでも朝行ったはず……忘れ物かしら。
マリオンの脳ではこういった解釈が行われており、ジョージが何事にも準備に熱心な人間で、忘れ物をしたことがない人種であることをすっかり忘れていた。
ジョージと会話することなく彼女の中では物事が解決し、夫がソファーにただ座っていることをなんとも思っていなかった。
なにも、だたのひとつも感じ取れなかった。
だから振り返ったジョージが銃を手にしていて、それを真っ直ぐ自分に向け、引き金を引いたとしても。
マリオンはただ見ているだけだった。
夫に対して一言も声を上げることはなかった。
銃声を小さくするために改造したというのに、家中にパンという音が響いたような気がしてジョージは顔をしかめた。
ナイフにすればよかっただろうか?いやナイフだと一回で済まなかったかもしれない。
床に手足をおおげさに広げ、胸から血を流して動かないマリオンを見て、銃で正解だとジョージは思うことにした。
マリオン。
一緒になって何年だ?二十八?二十七?三十年は経ってないはずだ。当時のことは驚くほど思い出せない。知り合いの紹介かなにかだった。
彼女は一体何を思って自分のことを選んだのか。
職業が安定していたから?
ジョージは、今となっては全くわからなかった。
それでも一応、妻だ。同じ空間をシェアしているだけの存在であったとしても。
彼女は夫のために料理をし、掃除をして服を買った。家を散らかすことはなかったし、装飾品に金をつぎ込むこともなかった。
時には、十年以上前は愛し合ったりもした。憎むべき存在ではない。
ずっとこの家を維持してきた。大変だっただろう。
だから、楽にしたのだ。
マリオンの今後を考え、ジョージは楽にしたのだ。彼女を。
ふいに視線を感じ、部屋をぐるりと見渡すと、リビングのドアのところにジェニファーがいた。
いつからいたのだろうか。
休日なのに今日は早起きだなと、ジョージは思った。
ジョージの記憶では、ジェニファーは休みの日となると気の済むまで寝ている子であり、昼過ぎに起きることが当たり前だった。
だから、早起きだなと思った。
娘が目も口も大きく開き、固まっていても早起きのことを考えてしまっていた。
ジェニファーを真正面からまじまじと見るのはいつぶりだろうか。
この子は、自分には全く似ていないな。
あらゆるパーツが似ていない。
世の中の父と娘は一体どの程度の交流をするのが普通なのかジョージにはわからない。
会話をしない家庭など、きっといくらでもあるだろう。
それでも、娘を愛していたし、この現実から救ってやらなければならなかったからジョージは引き金を引いた。
妻を、もちろん娘だって愛している。
二人を、水の張ったバスタブに浸からせながらジョージはふと、ここにやってくる捜査官とやらが水に死体を浸した意味を一生懸命考えるのではないかと思い、少し笑った。
正直なんの意味もなかった。ただ、リビングにこのまま置いておくのが、しっかり片づけをされていない家のようで、それが嫌でバスタブに収めただけだった。
丁度収まる場所がここだった、それだけだ。それでも犯人の心理というものを一生懸命考えるのだろうか?
それで給料が入るのだから色々考えるのだろうな。
働くというのは大変だ。
水はみるみる赤く染まっていき、そこに沈んでいるマリオンとジェニファーを見ていると気の毒になった。
ジョージは換気扇のスイッチを入れ、バスルームを閉じた。
アーサーにメッセージは送り済みだ。もうここに戻ることはない。
中身を詰められすっかり重くなったスポーツバッグを肩にかけ、ジョージは家を後にした。
灯台に行かなければならない。
花火が上がる前に。




