ちづる③
今回は開演時間厳守のため、入場時間に間に合わなかった方の立ち入りはいかなる理由であれ禁止致します。
散々あちこちで注意をしているのに、始まるぎりぎりになってもやってくる人をちづるは睨まずには入られなかった。
なぜ時間に合わせて行動できないのだろう。
走って来る分にはまだいい、入り口周辺に集まりいつまでもお喋りしている女の集団が、いつもなら気にも留めないが今回は。
汚い化粧、派手な頭に異様な露出、わざとらしい大声。ファンを観察しては指差し話をしている。
いい年だろうにみっともない。
手間をかけることなくさっさと中に入ればいいのに、こういう女の集団ほど面倒なものはなかった。
開始まであと五分ほどあったが、ちづるは時計を見るフリをしてから入り口を閉める準備を始めた。そこだけ扉のようになっている鉄柵を閉じ、そこに巻きつけてあるチェーンの真ん中、南京錠に鍵をかけようとした。
背後からギャアギャア喚きながら女たちが向かって来るのが聞こえる。
鍵とかマジ!?ニセモンでしょ!鍵かけるフリでしょ、出られない演出!てか遅れたらマジで入れなくするワケ?!やばい!他に出入り口ないの?おしっこ行きたくなったらどうするの!
最後の質問にだけ、中から出たい場合はスタッフに声をかけて下さいと言い、いつまでも口を閉じることのない女たちを収容した。
……きっと、もう二度と喋ることはないから好きなだけ騒げばいい。
そんなことを思っていたその時。
まだ間に合いますかと、息切れをした声が。振り返れば汗を流した制服姿の子がいた。高校生だろうか。
どうぞ、あなたが最後のお客さんになりそうね。
そう言うと彼女は学校終わってすぐ来たんですけどぎりぎりになってしまってすみません。入れてくれてありがとうございます、そんなことを言いながら頭を下げて会場の人ごみに消えていった。
うるさいバカ女の集団とは大違いだった。
ちづるはなにか、毒気を抜かれたような気持ちになった。
図々しい生き物のあとに素直な生き物に接したからそう思えるのだろうか。
鍵をかけてから中を見つめた。
ヒトヒトヒト。さっきの子はもう見当たらない。
男も女もみな同じ塊に見える。ざわめく塊。途端にあの高校生のことがどうでも良くなった。
結局はあれもこれも同じ女。もちろん自分も。
自分以外にも、自分と同じ指輪をした女を何人か見たが、ちづるには関係のないことだ。そう自分に言い聞かせる。
わたしは違う、違うと。
数分後、照明が落ちた。客席が一気に暗くなり反対にステージに一筋の明かりが灯されるのが見えた。
ちづるは鍵をかけ、その場を後にした。
楽屋に行かなければならない。まだ彼に任された仕事はある。ミスは出来ない。絶対に。
通路を歩いていると会場全体を揺らすような歓声が響きわたった。始まった。
音哉が現れたんだろう。
もう何十、何百回と彼のステージを見ているから、実際に目にしなくても音哉の姿が浮かんできた。
彼は完璧。
出てきた瞬間の空気の変わりようは本当に素晴らしい。
もうイントロは始まっているのに歓声は鳴り止まない。ああああああ。人々の発する声がまとまって全部そう聞こえる。
ああああああああああ。あああああああ。あああああああああああああああああ。
ちづるは笑いながらスタッフみんながいるところへ向かった。




