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ちづる②

善人のテレビを見てしまった。たまたまやっていて、そういう、自分以外の人や生き物のためになにかをして生きている人の特集を。今日こんなものを見るなんて明日が本番なのに!

だからといって俺の行動が止まる事はないが。


貧しい暮らしを送っている人のために食料を集め支給する団体、だった。

期限が迫っている食料を提供してもらいそれをダンボール箱に詰めこみ必要としている人へ送るという、善意だ。善意の活動。

他人を思いやる素晴らしい感情と行動。


社会構造のピラミッドの隅にいるような、弱い立場の者に無関心に接することのできない人種。

きっとそういう遺伝子を持ったものだろう。


働かないアリをサポートする側だ、要は。


弱った同属を見捨てることのできない感情。自分より弱いもの、例えば子供女老人や動物が酷い環境に置かれていると嫌悪感を覚えるだろう。大抵は。

その感情が他者より強い者が、なんとかしようという行動に出るのだろう。


動物に関しては同意見だ。

虐待のニュースなんかを見ると犯人を同じ目にあわせるべきだと思うよ。動物に関しては、だが。


ヒトに対しては間逆なんだ。なにもかも悪いのはこっちだという思いしかない。

同じ人間を救おうと日々奮闘している人たちだっているのに。全く興味が持てないんだよ、心の底から。

明日集まる人の中にはボランティア好きの人間だっているだろう。ガキやジジババ好きのヤツだって。


……明日の、その後のニュースでは同情と視聴率を買うための個人情報が付け加えられるはずだ。


ナントカさんは結婚したばかりでした、ナントカさんはお子さんを残して、ナントカさんは母親と二人暮らしで、ナントカさんは誕生日を迎えたばかりでナントカさんはまだ十代で!


でもそんなことこっちは知らない、知ったことじゃない。

誰がどんな生活をしていようが、俺には関係ないそんなことだってそいつらは数ある人生の選択肢の中から、



「あなたを選んで、明日来る。これはあなたのやり方で、あなたの救い方なのだから。他の誰かなんてなにも関係ないわ。私は、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、明日が楽しみ。あなたが行動を起こす瞬間が、みんなを救う瞬間が本当に楽しみなの」






自分だけの特権だとちづるは思った。


音哉の迷いや弱音を聞く特権。

そして彼を後押しし、送り出す特権。きっと誰も知らない、見たことのない音哉を自分だけが見ている。


これ以上の満足感はなかった。むしろ言いようのない興奮に近かった。


この胸の鼓動は、肌越しに音哉にも伝わっているはず。

私は味方。私は理解者。私は受け皿。

私は、


「入場の、最後、入り口を閉めるのは私にやらせて?」


音哉は微笑んだ。

それは音哉が犬や猫に向けるのと同じ、本物の愛情のこもった笑みだった。


「鍵を忘れるなよ」


ちづるは小さく頷いた。











完全に固定された二メートル程の鉄柵を、シノブは掴み揺らしていた。

頑丈になっていなければ困る、客が雪崩れ込んできたら危険だ。


警備スタッフがいつもと違う会社だった。なんだか貧相で頼りない。

ちづるの手配らしいが、一体どこから見つけてきたのか。聞けば少し相場が低いとかなんとか。

安いのはいいことだが金をかけるべきところを間違われては困る。


シノブは会場の外を見た。物販に並ぶ長い列が見える。あの人数がここに収まると思うとゾクゾクしてきた。


今日は、バンド始まって以来最大のキャパで行うライブだ、きっと、いや絶対に自分たちの歴史に残るものになるに違いない。


シノブは楽屋に戻る。

スタッフたちもみな目を輝かせているように見えた。

自分たちに関わる人間が今日この日を共有できるのがとても素晴らしいことに思えて、まだライブが終わってもないのにこみ上げてくるものがあった。


シノブは気を紛らわすためにケイにちょっかいをかけに行ったが、当の本人は緊張のためかあからさまにそわそわしていた。


気の毒なくらい体を揺らし落ち着きなくあちこち見ているものだから、金髪モヒカンの上半身裸の男がそのざまだと薬の禁断症状にも見えるぞとからかいの言葉を投げかけ、そしてシノブはさっきから個室にこもっている大事なフロントマン様を出迎えに行くことにした。

 









入場はなんのトラブルもなくスムーズに進んでいた。会場の中に吸い込まれていく人はみな一様にすごいすごいと声をあげている。

自分たちが囲まれることになる柵を見て声を漏らさずにはいられないのだろう。


約二万人。

チケットの売れ行き通りなら。


ちづるは集まる人々を無感情に見ていた。早く音哉の舞台を完成させたいとそのことばかり考えていた。

 










なんの準備も出来ていない音哉が出迎えたので、シノブは一瞬頭が真っ白になった。

あと一時間で始まるのに着替えもメイクも出来ちゃいなかった。

文句を言うために開いた口を手で制してから、これでいいんだと音哉は言った。


「今回は、なにもしないつもりだった。前からそう決めてたんだ、素の自分を見せようと。だからこのまま行く」


音哉の言葉にはなぜか説得力があった。

それに今まで顔面を出さずにショーを行っていた人間がいきなり素顔を晒したらそれだけで話題にもなる。

だがメンバーにも当日まで隠す必要なんてないだろう。

俺たちは他人か。


もやもやした気持ちとは裏腹にシノブの口から出た言葉は、自分たちだけフルメイクで恥ずかしい、そんなことだった。

今この場で雰囲気を悪くするわけにはいかない。

音哉が自分中心なのは昔から、今更だ。こっちが合わせるしかないんだ。


例え本人が無意識であれ、周りが合わせてくれるような生き方をしている人間はストレスを感じないだろうなとシノブは思った。

少なくとも合わせる側からすれば。


白の長めのワイシャツ、黒いジーパンに素足。鼻の下まである前髪をかき上げ、自分の顔を晒した状態で音哉はそろそろ行くと言った。


今日の大舞台が終わったらしばらく活動休止にする、お前はなんでも好きなことをやれ。


音哉の後姿を見ながら、シノブはそう決意をした。



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