音哉⑨
会場を、準備のために二ヶ月も貸し切ると言ったのは音哉だった。
その分レンタル料がかかると言ったら音哉が自分で払うと言ったから、シノブは好きなようにさせた。
こいつには金がある。
音哉は自分がデザインした服や本なんかを売っている。それに価値を感じ買い求めるヤツはいくらでもいた。
なんでもいいから共有したいんだろう、ステージ上の人間と。
ステージのセッティングや演出はいつも音哉が決めていたし、今回もなにか派手なことをやろうと考えているのだろう。
消防法なんかに引っかからなければいいと思っていたが、続々と運ばれる物を、破れたフェンスやドラム缶、トラックのタイヤに巻くような太いチェーンを見てシノブは不安になった。
「これ、大丈夫かよ」
怪訝な顔をするシノブに音哉は一枚の紙を渡した。
「これがイメージ図だから。みんなにはちゃんと言ってある」
「こんなんもらってねーよ俺」
「お前最近いなかっただろ」
確かにスタジオにも事務所にも、最近はあまり顔を出していなかった。
別のバンドのサポートを頼まれて、その打ち合わせにばかり行っていたのだが、それは音哉もわかっていることだしそもそも会おうと思えばいつでも連絡は取れる。
まだメンバーやスタッフに相談はしていないが、個人的な活動を増やそうとしているのがばれたのだろうか。
「ま、俺がダメ出ししたところでなにも変わらないんだろうけどな」
そうだ。ずっとそう。
このバンドは結局音哉のものだ。
音哉のパフォーマンスを披露するための場。
こいつの言葉、こいつの動き、こいつの声、こいつの演出で全てが成り立っている。今後だってきっとそれは変わらない。
「なんだか化け物を閉じ込めておくとこみたいだな、今回の。ホラー映画とかで見るような、地下室にあるやつ」
イメージ図と実際に運ばれている物を見比べシノブは言った。
会場内はぐるりと柵で取り囲まれる。
元々ライブハウスにあるような柵じゃなかった。それは長く、二メートル以上はあるだろうか。柵というより檻だ。
柵にはカラフルなチューブや細い線が大量に絡み付いている。チェーンも。
機械のハラワタみたいだった。
会場の隅にはドラム缶や木屑が散乱し、古い新聞の山や中身のわからない膨らんだ黒いゴミ袋に汚れたぬいぐるみなんかがあちこちに置かれていた。靴や服なんかもあった。
「いや、地下室つうより古い小屋をひっくりかえしたみたいな感じか。もう散々化け物は暴れましたよ的な」
「さすがシノブ、その表現ぴったりだよ」
「柵についてる有刺鉄線はまずいんじゃねーの」
「それゴム製だからね」
有刺鉄線のとげの部分を恐る恐るつまむシノブを見て音哉は笑った。イタズラを見破られた子供のようだった。
ここ数年はいつも小難しい顔ばかりしていたから笑顔を久々に見た気がした。
「これじゃダイブはできないな。柵をよじ登るバカがいなきゃいいが」
「セキュリティはちゃんとおくよ」
「そうしてくれ」
観客が一つになった時のエネルギーは凄まじい。
興奮しきった集団がこっちの言うことを大人しくきいているうちは安心だが、暴れだしたら手に負えるものか。
「大丈夫、今回もうまくいく。成功するに決まっている。この大舞台を誰もが成功させたいと思っているんだ、失敗するわけがない」
自信に満ちている音哉の声には、なぜと言われれば説明に困るが、絶対にうまくいくと信じられる響きがあった。
きっと長い付き合いをしている者にしかわからないだろう。
だからシノブは信じて疑わなかった。音哉側の人間以外誰一人。
音哉の深淵に気づいた者はいなかった。




