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ジョージ⑪


「ルーシー?いるの?」


ハンナの声。クラスの誰かか、ミセス・モーリッジが呼びに行ったのだろうか。

彼女は仮にもカウンセラーだ。生徒の様子を把握する義務がある。ルーシーはハンカチを握り締めたまま押し黙っている。ハンナに捕まりたくないという顔で。


彼女には、逃げ場がいる。


ジョージはそう思った。


それが例えネットの世界であっても、彼女の支えになる場所が必要だ現実に押しつぶされないための場所が。


わたしがいなくても。


「ルーシーこれを預かってくれないか」


「先生?」


ジョージはポケットから鍵を取り出した。いつも持ち歩いている小さな鍵。


「サウスポート駅の、裏側にあるロッカーのだ。必要なときがきたら、本当は来ない方がいいんだが」


ルーシーは鍵を受け取る。無意識だろう首を傾げていた。


「わたしたちは無力だ」


目を見開いたルーシーに見つめられるのが辛かった。


大人が子供に無力だと宣言したら、子供はどう生きていけばいいのか。

不安になって当たり前だ。


「だから、力が要る。本当はこんなもの、世の中にない方がいいに決まっているこんなものを生み出した人間の罪は本当に重いこれのせいで一体どのくらいの命が奪われたのか考えると……だが、わたしたちのように無力な者には、頼らざるを得ない物であるのも、事実だ本当は、世界中から失くすべきものだが弱者でもなにかを変える力に、なるんだこれがあると、これは、」


「先生、わたし、」


「ルーシーいいか、時がきたら見て欲しいんだロッカーの中をもうどうしようもなくなったときだそれと」


足音が近付く。ハンナだろうか。きっと話している声が聞こえている。誰かが図書室の奥にいるだろうと確信して歩く音が聞こえる。だが内容までは大丈夫だろう。


「今から言うURLを覚えるんだ、暗記を、頭の言い君なら大丈夫だろう?」


「え、まって、せんせ、」


ルーシーは突然のことに声を跳ね上げたがすぐに真剣な表情になった。

暗記という呼びかけが、彼女の勉強に挑む脳の部分を叩いたのだろう。


二度、口にする。アーサーの場所を。ルーシーは泣き止んでいた。


「それから、パスワードを続けるが、ただ内容を読むだけならパスワードは変わらないんだ、同じものでいつでも入れる。だがここにメッセージを残した場合、いやメッセージを送った場合だ、新しいパスワードが来るから次はそれを使う。彼にメッセージを送ったら前のパスワードでは入れなくなるんだ。パスワードは常に更新されているからね、誰でも入れないように」


ルーシーはうなずく。こういうことは若い子の方が出来るだろう。


「そして、彼にメッセージを送るのならば、学際の後にしてくれないか」


彼女はイエスと言った。


大丈夫、彼は絶対に君のことをわかってくれる。話を聞いてくれるはずだ。理解してくれる、絶対に。


「ルーシー、いいか、学際には来てはいけない」


「そこでなにをしているの!」


ルーシーの、返事かなにかの意味のある言葉かはわからないが、その声をかき消してハンナが叫んだ。


誰がどう見ても泣いていたとわかる目をしたルーシーを見て、一瞬止まったものの、またすぐに。


「なにをしているの!」


「ハンナ、彼女は、」


「あなたたちが授業をサボったと聞いてここに来たんですよ!ジョージ先生!あなたは自分の授業を放って置いて一体なにをしているんです、生徒のぺちゃくちゃ喋る声が隣まで響いて!聞けば先生が来ないというし、これじゃあルーシーの悪い見本だわ!ここは好き勝手に休憩するところではないのよ!」


ルーシーの手は握り締められていた。ハンナに対する怒りによるものだろうか。

ジョージは口すら挟んでやれなかった。


「あなたは、次の授業が始まるまではここにいていいけれど」


ハンナはルーシーの肩をぽんと叩いた。声のトーンも幾分か穏やかになっていた。


一応、彼女に起こったことがわかっているとでも言いたいのだろうか。厳しく言うのはルーシーの為だとでも?この態度が彼女なりの指導方針なのだろうか。


「ジョージ先生、少しお話があります」


ハンナはジョージに向き合うと、くるりと踵を返し、図書室の出入り口へ足を運ばせた。


ジョージはちらりとルーシーを見る。


彼女はハンナに触れられた肩を大げさにはたいていた。ゴミか何かを叩き落すかのように。

ジョージは小さく吹き出す。ルーシーは赤い目のまま微笑んだ。

ジョージは彼女を残し図書室を出て行く。


残された彼女がこれから何の本を読み、次の授業まで時間を潰すか、ジョージがそれを知ることは、もう永遠にない。








ルーシーは教室へ戻る。

クラスメイトの視線を感じたが、無視した。


ポケットに滑り込ませた小さな鍵に触れる。さっきからもう何度も手にしているので、鍵はすっかり温かくなっていた。

まるで体の一部みたいだとルーシーは思った。

 








ジョージはハンナの言い分を黙って聞いていた。



ルーシー・ブルーリーを特別構う行動は、生徒たちを余計に煽ることになる。問題の生徒たちにはわたしからしっかりと話をしていく。これ以上揉め事を大きくする必要はないすでに他校にまで広がってしまったというのに、それがまだ解決していないなどと知れたら大変な恥。彼女たち、その、ドリー・エリオ周辺はきっとまだ子供同士のからかいの延長としか思っていないのだから、自分たとが面白がってやっていることがいかにバカバカしいことなのか、労力を割いてまですることなのかをちゃんとわからせるので、ジョージ先生あなたには少しわたしに協力する姿勢を見せて頂きたいのです。今週末はもう学際、彼女たちも準備に追われれば自然とルーシーに対する行為も収まるでしょう。なにかあったら 、まずわたしに、今回のような行動は控えてくれないと彼女たちがまた面白がるんですよ?




ジョージはしばらくハンナを見つめていた。


彼女の言い分は、つまり、ドリー・エリオたちが飽きるまで我慢しろ、ということだ。

学際で忙しくなればルーシーのことなんて忘れるだろうと。


いじめを止められず結果最悪の事態を招いたことは、今までどの教育現場でも散々問題になっている。

それなのに、まるでいじめる側が面白がる材料を自分たちで与えていると非難している。

ジョージとルーシーを。


同じ言語を話していてもこれほどまでに考え方が違えばもはや相手は宇宙人と同じだ。


ジョージは自分の鼓動がおかしくなりつつあるのを感じていた。


目の前の、理解不能な主張をするいきもの、教室に詰め込まれたいきもの、この寂れた町にしがみついて住むいきもの。クソみたいな人間。

やはり一度ゼロにしなければ救われない。


自分たちのようなまともないきものが生きるためには一掃作戦を実行しなければ。

行動に移さなければならない。


「わかった、ハンナ、わたしがでしゃばりすぎていたようだ、しばらく様子を見よう」


ジョージは、自分の声が不自然なものになっていないか一瞬気に病んだ。

だがハンナ・キーブリーがあからさまに良い表情を(自分が正しいと、勝ち誇ったかのような顔)したので、やっぱり宇宙人ではないかと思い、このことをルーシーに話したら彼女はきっと笑ってくれるだろうとそんなことを考えた。


同時に脳内では、ガレージの奥に厳重に保管してある物とあと、溜め込んだ非常食がまだ食えるかどうかということに夢中になっていた。

ストックの管理と確認は重要だ、数と日付も同じくらい重要。水、薬、リュック。

コンタクトの度数も上げてある。ぬかりない。


「学際が終わったら、生徒たちは進路に向かい合わなければならない時期。人のことどころではないはず。それでもルーシーに対する態度が変わらなければ保護者も呼び出しきちんと話し合いしましょう」


「そうならないよう祈っているよ、ハンナ。君の思う通りに解決することを祈っている」


ハンナは微笑んだ。ジョージは胃がムカムカし出していた。


祈りなどクソ食らえだ。



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