ジョージ⑩
授業終了のベルがなる。
ジョージは思わず安堵の溜息を吐いた。授業が終わった。ここから出れる。
授業中ルーシー・ブルーリーは一度も顔を上げなかったし、その他生徒は相変わらずジョージをジロジロ見ていた。
ジョージは彼女の元へ行く。
屈みこんで本を持てるだけ持つ。
ルーシーは顔を上げた。
「今度はわたしが手伝う番だな」
ルーシーは。顔が歪んだ、くしゃりと。
幼い子が泣く一歩手前のような、そんな顔だった。けれど堪えた。
彼女は立ち上がり、短い息を鼻から吐き出すと(口はずっと強く引き締められたままだ)ジョージが持ちきれなかった分の本を持った。
ルーシーはそのままついて来た。廊下に出ると、教室からヒューヒューというからかいの声が聞こえた。
遅れて次の授業開始のベルが鳴ったが、ルーシーは黙って後ろをついて来た。
「立ち入り禁止になってしまったんだ、しばらくの間と言われたがどうなるか未定だ」
「生徒が勝手に入っていい場所じゃなくなったんですね」
「そうだよ、残念だ」
図書室につく。人はほとんどいない。
教師ではないこの部屋の担当、いわゆる図書室のおばさんがちらちら視線を送ってくるのに気付かないふりをして。
本を次々戻していくルーシーを見ながらジョージは思った。
どの学校も図書室と保健室は問題のある子の逃げ場なのだから、そんなに監視するように見る必要ないだろうと。
ミセス・モーリッジを彼女と同じように見つめ返すと、彼女は巨体を揺らしながら与えられた部屋の奥へ引っ込んでいった。
彼女の後にルーシーを見ると、余計に小さく見える。疲れているように見えた。
体調不良とは聞いていたが、ジョージは聞くか聞かないか聞くべきか迷い、何度も言葉を飲み込んでいた。
ルーシーの頬は、どう見ても殴られたようにしか見えなかった。
この子は問題を抱えている。学校以外で。
家なのか?家でなのだろうか。彼女のような優秀な子に手を上げるものなのか?親が娘を叩くのか?まさか、生徒の誰かに?いやそこまでバカな真似はしないだろう、ならやはり、
「ベッドから落ちたんです」
ジョージはルーシーの正面をやっと見た気がした。
「そのほっぺはどうしたんだって、言いたそうだったから」
「ああ、正解だ、そうだ言いたかったよルーシー」
ルーシーは微笑み、本を持って行ってしまった。ジョージは無意識に後を追った。
図書室の一番奥の本棚、そこの角を曲がった先。
数歩遅れて追いついたジョージに、ルーシーは向かい合った。
そこは世界の様々な偉人の伝記が詰め込まれている場所だった。
ルーシーが持っている地獄の辞典を置くようなスペースは一つもなかった。
「逃げ場が欲しかったんです」
彼女は搾り出すような声で言った。
「早く帰らなくて済むような、そんな場所が、でももうおしまいですよね、先生、わたしもう教室にも居たくないあんな人たちと一緒に居たくないのに学校に行くしかないんですだって……!」
それから先は言葉を聞くことが出来なかった。彼女は泣き出してしまったからだ。ハンカチを差し出すと余計に泣いてしまった。ハンカチは見る間に濡れていく。
ジョージは、自分がもう少し生徒とスキンシップに余念のない教師だったら、自分に物事をどうにかできる力と自信と若さのある教師だったら。
ルーシー・ブルーリーを抱きしめ気の済むまで泣かせ、そして彼女の家に乗り込むかどこかに相談するなりして、事態を良くしようと今すぐにでも行動したかもしれないと。
彼女の前に突っ立ったまま想像をしていた。
とっさに動くことの出来ない自分が、それこそがジョージ・ホワイトという人間なのだと痛感していた。
アーサーに出会って十五年も経つのにいまだに自分はなんの行動もしていない!
目の前の、なんの力も持たない少女にすらなにも出来ないのだから、いまだに行動を起こせないのだ。くずを早く処分しないからこんなことが起こってしまう。そんなことはわかりきっている。嫌というほどわかっている。
彼女は問題を抱えている。家で。
自分の家でだ。




