ルーシー⑨
夜中。
父と母が言い争っているのが聞こえた。ベッドに潜り込んでいるルーシーの耳に。
母の方が興奮しているような声だった。
あんなことを、いったいどうしてあの子は嘘を、あなたはベッドから落ちたなんて一言も、デービッドデービッドもうこれ以上、もうたくさんわたしが連れて行くあの子はあんないい子をデービッドもうたくさんだわデービッドわたしは、
音がした。
なにかを思い切り弾く音、それから床に叩きつけられる音。
ママのうめき声。ママの咳き込む声。すすり泣く声。
うちの壁は薄い、ルーシーは思った。
なんでも聞こえる。
父が淡々と自分が今までどんなに妻と娘を養ってやってきたのかと言う話を、母と一緒になって聞いていた。聞こえていた。
きっとなにもかもママには今までずっと筒抜けだったんじゃないかしら。
だからこの家に帰って来たくなかったのかも。無力な自分が嫌だったのかも。
ルーシーは寝返りを打った。
また、母が叩かれるか蹴飛ばされているかそんな音が聞こえたけど。
わたしよりはマシだわ。
そんな風にしか思えなかった。
見られる、ということがこれほど苦痛だとは思わなかった。
教師という職業についていて、五十歳を過ぎた今になって。
気にも止めていなかった、今までずっと。
どんなに価値のある話をしてもここにいる生徒たちにはなにも伝わらない、だがそれでよかった。どうでもよかった。
初めからなんの期待もしていないのだから、その程度の脳になにかを訴える気などなかった。
多少なりとも影響を受けてくれたらという思いもあったが、今は。
背を向けるたびに笑い声、集めたレポートに混じって優等生と個人授業している贔屓じじいと書かれた紙を受け取り、その様子を見てはこそこそ話をし、かと思えば無言でこっちを見る。
見てくるのはドリーだけじゃない、他の生徒も真似していた。
授業の内容を書き写したりはしないのだ、ただこっちを見て時間を潰している。
ルーシーの机には丸めた紙くずが毎回置かれていて、ジョージは授業が終わるたびにそれを捨てる。
誰も率先してやらないからだ。どの子も知らん振りだった。巻き込まれるのが嫌なんだろう。その気持ちは十分わかる。
誰かがターゲットでいる限り、安泰だ。
ターゲット以外は。
タンポンやコンドームが置かれていたときはさすがにハンナ・キーブリーを呼び、注意してもらったが。
左頬に赤黒いいあざをくっつけたルーシーが五日ぶりに学校にきたときには、机に本が山のように乗っかっていた。
いや、乗っかっていたんだろう。
彼女の足元には、彼女が寄せたであろう本が左右に積まれていた。
本にはノートの切れ端が貼られていて、図書委員さんへと書かれていた。




