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音哉⑧

朝。五時半を少し過ぎたくらい。

音哉は起き出し、外へ出る。

早朝の庭をゆっくりと回るのは、彼の日課だ。

彼の所有する庭に生態系を築いている生き物たちはとっくに起きていた。


小鳥は会話を楽しむかのようにさえずり続け、朝露に濡れた昆虫たちは太陽の光を浴びてあちこち動き出している。

音哉は、出てきたばかりだろうアリたちを踏まないようにして庭を探索した。


夕方たくさん飛び交っていたコウモリはぱったりとなりを潜めている。

顔についた露を手で集め口に運ぶトンボを眺め、主のいない大きな蜘蛛の巣で尽きた蛾に命の循環を感じた。

石の上に乗り上げてしまったミミズを地面に戻し、カラスのためのエサ置きがしっかり空になっていることを確認する。

足が片方しかないバッタを葉の上に乗せてから、ひっくり返っているコガネムシかなにかをアリの巣の近くに置いた。

触ると死んだフリをする名もわからない虫をつつき、手の中で動き出すのを見てから逃がす。


夏、ここは命に満ちていた。



庭の植物たちは花を咲かせたり新芽を伸ばすことに夢中だ。

競うように昆虫を誘惑し受粉へ導いている。

アブラムシに占拠されたツバキの芽が少々哀れだったが、きっとまた美しい花をつけるだろう。


音哉はここが壊れる様を想像した。


そいつらの目的は捜索なのだからきっとこの庭に敬意は払わないだろう。踏み荒らされる。確実に。掘り返されるかもしれない。家も庭も。地下室も。


ここ数年地下室の壁の隙間から羽アリが結婚飛行のために出てきているから、穴だらけの柱も見られるだろう。

かっちりしたスーツを身にまとった捜査員がシロアリに食われた柱に出くわすところを思うと少し笑えた。


いっそのことパソコンだけでなくこの地下室ごと埋め立てるべきだろうか。

そう思ったもののコンクリートの海に沈むであろう地下室に住み着いた小さな生き物、クモやアリなどが気になってその考えは消えた。


恐らく数ヶ月すれば。

荒らされた庭は元に戻るだろう。草が生え花が咲き、緑に満ちる。きっと。

植物の成長スピードは予想以上に早いのだから。それにあわせて虫も小動物も戻るだろう。人がいなくなれば元に戻る。それだけの力がある。生命力が。


ただ、この家の主がいなくなるだけだ。


多分カラスはもう来なくなるだろう。そうしたら他所でエサを探すまで。

そういう生き物だ。ずっと待ってはいない。

エサを置く男のことは忘れるだろう。



ライブまであと一ヶ月。

準備は整っていた。音哉の思う通りに。


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