ジョージ②
ジョージの中に長い間吐き出せず溜まり続けていた鬱屈した感情は、吹き出す前に受け入れてくれる相手に出会うことができた。
アーサー。
遠い地で一人戦う彼のことを考える。
次こそは話そう、私の決意を。
私はやるんだ、やらなければならない、これは私の意志だ。やるべきことだ。
アーサーとの交流がなければいつまでも今までと同じ人生だっただろう。
毎日同じことを繰り返し不満を溜めて帰りまた次の日を繰り返す日々。
自分の本性のままに話し、聞いてもらい受け入れられることがこんなにも解放感に満ち溢れているとは!
アーサーとの出会いを反芻しかけた時ふと時計が目に入った。夜の九時。そろそろ職員室に戻り、帰り支度をしなければ。全く評価係でも雇って欲しいものだ。
パソコンを閉じ、ジョージは資料室を後にした。誰も来ない、古い紙の臭いが充満するジョージの好きな部屋。
ここに好きなだけ居座っていてもジョージは何も言われなかった。
真面目で熱心。現代や過去の人間が為す事に憑りつかれた人付き合いの悪い変わった先生。
今思えばそれでよかったのだ。正解だった。作り上げた自分の像は充分過ぎた。
要は、戦争は正しい、という内容のレポートを二十人分読むのはすぐに終わった。
マニュアル通りの文章が何人もいて、ジョージはネットに上がってる内容をそのままコピーしたんだなと思った。期限までに提出しない生徒もいるのだから出すだけマシか。
ジョージ自身戦争反対主義者ではない。
むしろ間引きとしては一番効率の良い行為だと思っている。
評価のためだけにレポートを書かせているのではなかった。
普通ではない、どこかしらに素質のある思考の者を探していた。果たしてそんな生徒がどれだけいるだろうか。
アーサーは焦る必要はないという。無理に探さなくてもいいのだと。だがジョージは自分がこれだけ素晴らしい出会いをしたのだから今なお自分と同じ苦悩を抱えている者にここを知って欲しかった。
アーサーがいくら同胞を増やす気はない、今向き合っているジョージのことが大事だとい言っていても。
ふと、ジョージが引きこもっている資料室を珍しくノックする音が聞こえた。遠慮がちにジョージ先生?と呼ぶ声。
ルーシー・ブルーリーだ。
五人の優等生のうちの一人。
「すみません、さっきの授業中に渡すのを忘れていて」
「ああ大丈夫だ、もらうよ。だが次は忘れないように」
「はい」
資料室を出て行く細い背中。背中まである黒のストレートヘアーが揺れていた。
あんなに痩せた子だっただろうか。
彼女は優秀だが、少し抜けているところがある。今回みたいに忘れることがしばしばあるし、授業中ボーっとしているのだ。しっかりノートを取ってはいるが、黙ってこっちや外を見ていることが度々ある。だからといってテストの成績は悪くない。
受け取ったレポートにちらりと目をやる。
そこには戦争行為で思い上がる人間への警告、とタイトルが。
少し惹かれる。なかなかいいタイトルだ。
正義を確信し繰り広げられる殺戮行為は、止め方を見失ったただの縄張り争い、という一文もいい。
ちゃんと彼女の言葉になっている。
気づけば夢中になって読んでいた。読み終わっては最初に戻る、ということを三度繰り返していた。
ルーシーはいったいどんな子だっただろうか?ただ真面目なだけだろうか?また来るだろうか?彼女は理解するだろうか?理解できるだろうか?
ジョージが抱いた感情。
誰かが自分のことをわかってくれるかもというこの思いが、自分には最も縁のない、希望という感情に近いものだったということに。彼がこの先、気付くことなどなかった。