ちづる①
この人が饒舌になる時はいつも決まっていた。
ベッドの中、やってくる眠気を待つ間。
こうして背中を合わせてこっちの反応を見ないくせに、決まって俺は間違っているかと聞いてくる。
ちづるはそんな彼がなんだか子供のようで好きだった。
嫌な顔をして否定されるとでも思っているのだろうか。
私はこの人の夢を叶えたいだけなのに。昔も今も。この人の正義を貫かせてあげたい。
「もし、間違っていたとしたら」
訪れる静寂。一体何度このやり取りを繰り返しただろうか。
「あなたの歌にあれほどの人が集まると思う?みんなあなたが書いた歌詞に共感して心を奪われているわ。あなたが言いたいことをちゃんと理解してる。みんなが堂々と言えない懺悔や罪の言葉をあなたに代弁してもらっているの。みんなわかってる、この世界で生きることがどういうことなのか。だけど一人ではどうしようも出来ないからあなたを見ることであなたに惹かれて集まった人たちと共有したいのよ。自分たちの罪を」
ちづるの言葉も、所詮は音哉が日頃口にしていることと大差なかった。けれど音哉のとってはこのやり取りが大事だった。
自分の主張がしっかりと他人に伝染しているのか、自分と同じ意識を持ち続けてくれるかが大事だった。
彼女のことは信頼できる。
愛情なのかはわからない。分身のような存在が必要だった。
シノブは全くといっていいほど音哉の内側を理解しようとしなかっ
た。
彼にとってはバンドで生計を立てることが第一で、音哉が書く歌詞には興味を示さなかった。
悲惨な死を遂げた動物の写真を見ても、なにも感じていないのがわかった。
シノブにとっては壁の模様と同じなのだろう。
彼は歌詞よりも、音というか曲を作る方に意識のほとんどを奪われているらしく、自分が生み出した曲で暴れられれば、客がのってくれればそれでいいという節があった。
ケイなどは話にならなかった。酷い、残酷だ可哀想だと言ったきり、音哉の家に近寄らなくなってしまった。
彼が犬や猫が好きなことは知っている。
だからなおさら、奪われるばかりの動物たちを救うにはどうすべきか考えて欲しかったのに、見ないようにし始めたのを見て音哉はただ呆れるばかりだった。
一番最初に正面から受け止めたのはちづるだった。そればかりか死を悼んで涙を流して見せたのだ。
それがちづるに本音を話始めたきっかけ。
それから十三年が経った。
彼女は良きパートナーのままだ。
背中からちづるを抱きしめる。手が触れてきた。じわりと温かく、きれいな手だ。普通の女性の手。シンプルな指輪が鈍く光る。
それは音哉と運命を共にしている幸せに満ちた手だった。
誰もちづるにはなれなかったが、今やちづるのような協力者があちこちに増えた。……ファンの中にも。
音哉は思う。
それはまるで全身に転移していく癌細胞のようだと。
狡猾な悪性腫瘍。
破裂はもうすぐだった。




