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ペギー①

「あの時は本当に死者が歩いていると思ったものよ。ああ人類が最初に誕生したこのアフリカの地で死者も最初に歩き出すのねと」


「なら君は毎回その死者の来訪を受けているわけだ、ペギー」


古きよき友人であり、腕のいい獣医でもあるペギー・グリーンの元を訪れるたびに、アーサーは数年前の出来事を話して聞かされる。


顔中布で覆い、小さな虫に付きまとわれながらふらふら歩く血色の悪い男。


男の姿があまりに異様で、スタッフは皆遠巻きでペギーですら近寄ろうとはしなかった。


男は真っ直ぐ、ペギーの持ち物であるこのグリーン野生動物保護センターに足を進めるので、人間の治療は出来ないと窓から叫びかけ(もちろん救急車を呼ぶつもりではいた)よくよく見たらそれがこのアフリカの地で最初に親しくなった同じイギリス人であるアーサー・グレイフィールドであることに気付き、大慌てで彼を救護したのだった。


「ヒト用の治療薬はないといったのに」


「同じようなものだろう、痛み止めも消毒も化膿止めも。針も糸もある」


「でもさすがにサルの血は輸血出来ないわアーサー。同じようでもね」


もう七十を過ぎていても彼女はいまだにユーモアのセンスに溢れていた。

アーサーはそんな彼女と接していると自分が穏やかな気持ちになることを知っていた。それは彼女が同じ側の人間だからだろう。


ペギーは動物を愛するあまり故郷も夫も子供も捨てここに永住を決めた強い人間だ。

だがペギーはこれは自己満足だと言う。

自分はそういう生き方をする人種だったと。


無責任な母親だと口にする。


そしてこの人生において後悔すべきことはいくつかあって、そのうちの一つがアーサーをちゃんとした病院に連れて行くべきだった、ということだそうだ。


「傷口にいたわけのわからない虫を取り除くのが一番ゾッとしたわ。ああ今も思い出しただけで鳥肌が立つのよ」


病院に行く気はなかった。設備の充実したここでならなんとかなると思っていた。

自分の治療記録など残ってはいけないとアーサーはわかっていたし、そもそもこの怪我だ。病院などにいったら長く拘束されることは目に見えていた。


自分がこの地で保護区で、いや今までなにをしてきたのか、彼女には話していない。


「私は都会の医者のようにおしりや太ももの皮を顔に貼りつけて元通りにはできないのよ。耳を腹に縫い付けて再生なんてもってのほか」


「わかっているよペギー。俺はこれでいいんだ。この顔を見るたびに自分の為すべきことを再認識させられる。雨季になると引きつるくらいでもう傷も馴染んじまったさ」


剥き出しの肉は乾いて次第に皮膚になった。頭の傷は幸い頭蓋骨に達していなかったし(ただ髪の毛が生えなくなっただけだ)左側の口が少し裂けている具合になったが食べることに支障はない。

左耳は穴だけなので聞きにくいものの、狩りの時は左側にハニーが来るようになったのでアーサーは彼女の様子を見るだけになった。


 

「拾っていたらくっつけるくらいできたかもしれないけれど、もうとっくにアリのフンね。私より先にアフリカの大地に還ってしまったわ。あなたの可愛いハニーの尾も」


ハニー。


傷だらけの彼女はアーサーについて来たもののセンターには近寄らなかった。

他の動物や人間の気配に敏感になりアーサーから一旦離れたものの、遠くからずっと様子を伺っていたようだ。


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