音哉⑥
ライブまであと数時間。音哉は鏡の前に立っている。
上半身は裸で、両手は墨のような液体で汚れていた。ボディペイント用の塗料だ。
彼はそれを顔にぐちゃぐちゃと塗りたくった。
まるで泥を浴びたかのようだった。首から下には指で何本も線を描いた。線の上から新しい線を継ぎ足して素肌を隠した。
これが彼の確立されたスタイルだった。
顔をほとんど隠してステージに立つ。
化け物のマスクやガスマスクを被って出たり、黒や白や赤を塗りたくってみたり。
最初から最後までドラムの影にいたこともある。
メイクし、素顔を塗り固めることによってただのちっぽけな人間、黄谷公平からフロントマン音哉になりきれる。
伸びすぎた前髪を引っ張って顔をさらに隠し準備は出来た。
シノブはハスキー犬を連想させるようなコンタクトをし、金髪だったのをまた脱色しほとんど白髪になっていた。
ケイはモヒカンを真っ赤に染めてまたタトゥーを増やしたようだった。
いかれた集団だなと音哉は思った。
普通の社会からはみ出したくて仕方なかったバカな子供が、大人の助言を受けることなくそのまま大きくなったような。
普通の社会。
その社会を支える消費の向こうには恐ろしいだけの犠牲があるというのに。
普通の社会で暮らす人々はこんなライブにはやってこない。
きっとテレビの世界の一つだろう。
ここに集まった人々には、ほんの僅かでも自分に共感出来うる部分があったからだろうと音哉は思う。
つまりは自分のことを少しでもわかってくれる人たちだ。
わかっているなら、受け入れてくれるだろう。すぐには無理でも、いつか時が経てば。
数ヶ月後に控えるライブで皆を連れて行けるのが楽しみで仕方なかった。




