ジョージ⑦
物思いに浸り出す前にルーシーが戻ってきた。
「私の分もう終わったから、手伝いますね」
ジョージの手から彼女はいくつか本を取ろうとして、手が触れた。ルーシーの手は驚くほど冷たかった。
そういう体質なのだろうが、あまりの冷たさに驚き思わず顔を見る。
「先生の手、温かいんですね」
ルーシーはそう言ってまた本棚の置くに消えた。
ジョージは咳払いをひとつしてから本を返し始めた。
誰かに触れられたのが本当に久しぶりだったと、誰にも言えなかった。
「ほら!見たでしょ!ねえ!ああやって二人でいるの!」
たかが先生と生徒が一緒に本を返しているだけで、よくここまで大げさにするものだとアビーは思った。
ドリーが面白いネタの証拠だと指差す先には、髪の薄くなったおじいちゃん一歩手前の真面目なだけの先生と、まともに化粧すらしたことないような顔の、同じクラスってだけの成績のいい女。
休み時間に本ばかり読んでいる、そういうクラスメイト。
あれを怪しいだなんて、それともドリーは男と女が二人でいればすぐにそういう発想になるのかしら。
「あんた欲求不満なの?」
「なんでそうなるのよ」
「想像しちゃったのはあんたくらいよ」
「してないから!でもほぼ毎日あの資料室に出入りしてんの、ちゃんと画像だってあるから!ねえおかしくない?」
「おかしい」
黙って見てたミラがそんなことを言うものだから、アビーは少々驚き、そして自分じゃなくドリーに賛同したことにちょっと失望した。
あの子、ルーシーだっけ、ミラだって同じくらい成績はいいのに明るくて面白い子。
そう頭のいい子なのにドリーみたいなのの言うことを真に受けるなんて信じられない。
「私の方がいい論文を書いているはずなのに、ジョージのときだけいつも評価がよくないの。毎回毎回社会学が足を引っ張ってるのよ。なに?好みで左右してるってこと?わたしは対象外なわけね」
ミラは頬をバカみたいに膨らませていたので、ふざけていたのがすぐにわかった。
でも本音も混じっていただろうなとアビーは思った。
「明日から喪服みたいな格好して来るわ。ずっと下を向いてとろとろ歩くし、もちろんノーメイクでね。田舎っぽさを出したらジョージに大うけかしら」
「いいけど、ちょっと離れて歩いていい?」
「アビーひどいわ!」
「だってダサさが伝染しそうだもん」
「じゃあ本当にカンニングしていたら、あのおっさんが点数をこっそり上げていたら?二人きりでなにかしているなんて絶対に怪しい!」
ドリーはまだ自分の想像を信じていた。アビーは呆れてしまっていた。
ドリーはいい子なんだけど、でも少し周りが見えなくなるっていうか、自分がこう思ったらこう!みたいなところがある。
突っ走ってしまうというか、視野が狭い。
得意なのは小さな噂を大きくすること。話を膨らませるのが得意。
例えそのネタが、そういう風に見えた、そういう話を聞いた、誰かがそう言ってたくらいの漠然としないものでも。
ようはお喋り好き人の噂好きのしょうもない子なのだ。でもアビーは離れなかった。昔からの付き合いだし、趣味も気も合う。
こんなことくらいよくあることの一つだし、次のネタが見つかればすぐそっちに夢中になるんだし。気が利くしいいとこだってあるし。
だから放って置いた。ミラもそうすると思っていた。
ドリーが資料室に出入りするルーシーの画像を、クラス中に回すなんて思ってもみなかった。




