音哉④
ここに来るのはシノブと、バンドを結成する前から作業を手伝っていて今は一番信頼のおけるスタッフであるちづるだけだった。
わけのわからないビン詰めや蜘蛛の巣だらけの棚を片付け、壁を真っ白に塗り替えたのも三人で五日かけてやったのだ(業者を呼べと何度思ったことか)
地下室が小奇麗に生まれかわり、これで今まで以上に作業に没頭できると言った次の日に、音哉はもう動物や人間の死体写真を貼り付けていたのだ。
スタジオに持ってきてあちこち貼るなと言ったから、こんな場所を作ったのかもしれない。
シノブ自身はもう見慣れていた。見飽きてしまったのだ。
次々と増える新しい写真にすらなにも感じない。
所詮遠い外国で行われていること、過去のことだ。
今の自分には関係ない。
あっちの人間が好き勝手していることに対してどうこう言う気はない。自分が生き物を殺しているわけじゃないし。
ただ音哉は違う。
こいつは殺されていく動物に自身を置き換え、激しい怒りを覚えそして吐き出す。苦痛と怒り、悲しみや無力さを歌詞として。
それはシノブがバンドを組み始めた十三年前には思ってもいなかった程に人々を惹きつけた。
わかりやすいテーマに共感出来る要素がたくさんあったためだろうか。
音哉の整った顔が好きなだけのファンも大勢いるが、こいつが泣き叫ぶように狂ったように歌う様が目に焼きついて離れないと言うファンもそれ以上にいる。
低く良く通る歌声も耳に残り脳を揺らす。
シノブ自身も音哉の声に引き寄せられた一人だと自覚している。
実際のところ才能があったんだろうなと、シノブは思った。
いまだに新しいファンがつくし、金に困ってはいない。
だからなのか、金に余裕があるせいなのか(とは聞かないが)音哉は実際に保護団体に寄付をしているそうだ。
どの団体のにいくら、という詳しいことは知らないが。
今の自分が日本にいながら出来ることはこれだけだと音哉は言う。
寄付なんてシノブは馬鹿馬鹿しいと思っている。ちゃんと使われたかどうかなんてわからないし、単純に金がもったいない。
けれどそうは言わずに、売れなくなったときや老後の為に自分の分は寄せておけよと言った。
貯金は大事だ。金は裏切らない。
音哉は笑いながら、野たれ死んだら海が山に捨ててくれと言った。
食べられて自然に還りたいんだと(そんな歌も作ったなそういえば)
元々人間嫌いなのは知っていたがここまでくるとちょっとおかしい。
まあアーティストなんてのは少々おかしくなければ務まらないのだからそれでいいのだが。
これでもここ数年は落ち着いたのだ。だれかれ構わず人間がどうのこうのなんて話をしなくなった。
すばらしい出会いをしたと音哉は言う。同じ考えを持ち、自分を理解してくれる人に巡り合えたと。
ネットでカウンセリングをしているそうだ。
その彼にメッセージを送る、一切取り繕うことのない本音を書くのだそうだ。そうすると自分の心を読んだかのような返信が来るのだと音哉は少し興奮気味に話していた。
そりゃあカウンセリングを気取るんだ、お前を否定するようなことは言わないだろとシノブは思う。それでも音哉がそこに自分の話をする比率が増えたので聞かされていた身にすれば楽になったのだが。
驚いたことにそのカウンセラーは外人だそうだ。
英語を多少出来ていたものの、それだけでは足りないのだろう。
個人的に英語講師を雇いツアーの合間にまで勉強していたのにはどっちが優先なんだとさすがに文句を言ったが(音哉は英詩を書くのに役立つからと悪びれずに言い返してきた)そこまでなにかに必死になるのも珍しく最終的に好きにさせたのだった。
結局英詩の歌詞はほとんど書いてない。
パソコンに向かっているだけだ。
今みたいに。




