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音哉③

すっかり通いなれた道をシノブは急ぐことなく進んでいた。早く行っても少し遅刻しても結局待つのは自分だった。

音哉が自分のペースでしか物事を進められない人間なんだから仕方がない。


音哉の家は都内にこんなところがあったのかというくらい田舎で。

舗装されてない道自体がシノブにとっては田舎なのだ。


テレビで見る田んぼ道のような場所を走るのは車が汚れるから嫌だったが、音哉が自分の家でしか歌詞を書かない上にそこでしか編集をしないというからシノブはこうして通っている。もう十年も。

とは言っても音哉の歌詞を直すようなことなどほとんどないので、受け取るだけなのだが。


音哉はスタジオにすら持ってこない。

まるで定期的にシノブを家に来させようとしているかのようだった。


今の時期は家の敷地から玄関まで紫の花をたくさんつけたふじが出迎える。

シノブは花に集まるハチやアブに顔をしかめながら車から降り、手で払いのけながら音哉が引きこもる古臭い洋館に入った。

シノブはまるでここの住人のように家の中をうろつく。

いつものように人気はなく、家の主も出迎えには来ない。


音哉の作業場は地下にある。

何十年も前に流行った洋館を音哉が買い取ったのだ。地下室のスペースがしっかり取られているのが気に入ったそうだ。

ホラー映画なんかによくある、魔界と繋がっていてバケモンがどんどん出てきそうな場所だといったら音哉はしばらく笑っていた。さすがシノブ、わかっているな、と。


今となっては全くそう思わせない場所のドアを開け、シノブは階段を降りた。

化け物なんていない、ここには人間の罪があった。


薄明かりの中、階段を数歩降りた壁からその光景は始まる。

一面に貼られた写真はきっと誰が見ても人間の身勝手さ、残虐性、殺戮性を感じさせるだろう。



燃やされる何百本もの象牙、洗濯物のようにずらりと吊るされた狼の皮、山積みにされた肉食獣の剥製、角を得るために顔面をごっそり剥ぎ取られ膝をついたまま絶命したサイ、捕獲され移動中に死んだのかそこらにうち捨てられた色鮮やかな鳥、動物の骨の山の横でポーズを決める男、トラックの荷台から溢れんばかりに落ちるミツバチの死骸、赤く染まった海岸をぐるぐる回るイルカ……。


全てがこういう写真ばかりではなかった。

母に毛づくろいをしてもらうライオンの子やキスをしあっているウサギ、頬袋に食べ物をいっぱい詰めたリスにカルガモの親子(親の後を子が一列になりながらついていく写真だ。シノブは何度見ても無意識に微笑んでしまう)側溝に落ちたヒナを救う人やカンガルーの体に包帯を巻く人、虎の子に哺乳瓶でミルクを与える人の写真なんかもある。


酷い最期を迎えた動物の写真の中に、動物を救う瞬間の一枚があるとホッとさせられるが、強い印象を与えるのは残酷な方なのだ。


動物だけでなく人間の写真もある。おもに戦争が舞台の。

ぼろきれのような人の残骸をつまむ兵士、トラックいっぱいに積まれたガリガリの死体、ずらりと並んだ銃器、行進する兵士に焼け焦げた人の固まり。


いいか、この生き物を救う価値なんてないんだよ、同じことばかり繰り返すんだから。


音哉はいつもそう言った。シノブはそんな言葉に曲をつけた。



この家の地下に来たがる人間はあまりいない。

バンドメンバーであるケイでさえ一回行っただけでもういいと言った(モヒカンに墨だらけの一番いかつい見た目のくせに)可哀想で見ていられないと言い出し、音哉にこれが現実だと鼻で笑われていた。


昔から親交のある雑誌の編集者も、これが君の原点か、なんて理解した風なことを言いながらも外でしか会わなくなった。

付き合いの長いスタッフすら来ない。


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