ジェイコブ⑥
「私は観光客を乗せて毎日バスを走らせている。彼らは飽きることなく話し続け食べて飲んであちこち歩き回りゴミを生んでそして去っていく。色んなタイプの人種がいることはあなたもわかっているでしょう。マナーがいい人、呆れるほど悪質な人。皆同じじゃないとわかっていてもいつしか皆同じ害のある観光客にしか見えなくなってくるのよ。そして私はそんな観光客を迎えに行っては自然の中に送り届けそれから彼らが岐路に着く手伝いをしている。こんなに罪深いことがあるかしら。私が手を貸しているのよ、島の破壊に、私が行動を起こさなければ」
急にべらべらと話し出したアマンダにジェイコブは口を挟むヒマもなかった。
一体なんだこの女は。さっきまでとまるで雰囲気が違う、が。
言っていることが観光客を良く思っていないどころか嫌悪している。
ジェイコブと同じように。
そしてなにかをしようとしているのだ。
「私はよくここに来ると言ったわよね、ジェイコブ・ブラックバーン。あなたはここではちょっとした有名人よ、他のガイドや原住民に。だから周りに誰もいないと思ってやってはいけない。絶対に確実に人がいないことを確認してからでないといつどこで見られているかわからないのよ」
「なんのことを、言っているんだ」
ジェイコブは思わず腰に手をやった。ナイフはちゃんとある。
女は自分が見た、と言っている。ジェイコブを。この海岸でのことを。
黙り込んだジェイコブにアマンダは一歩ずつ近付いてきた。全く恐れてはいなかった。
むしろジェイコブの目には、アマンダが喜んでいるように見えたのだ。
殺人者に遭遇したのにこの女は嬉しそうにしている。
「私は明日、あの通りを走るわ」
アマンダが指差した先、森の向こう。
曲がりくねった悪路を抜ければすぐそこが海岸であり、岩礁へ行くための場所がある。岩は海により奇怪な形に削られている。
トンネルのように削られたところを、船で行くツアーは人気だった。
「ここにアクセスしてもらいたいの、きっとあなたの理解者が仲間が世界中にたくさんいるから」
手渡してきた紙切れにはURLが。
「いい?パスワードは587GY9U……」
「おい、ちょっと待て!」
「暗記して、他の誰にも絶対に知られないように!」
アマンダの気迫に押され、ジェイコブは為すがままにパスワードを頭に叩き込んだ。
ジェイコブが紙切れをポッケにしまったのを確認してから、アマンダは急に力が抜けたように肩を落とした。
深い溜息を吐いた頃にはさっきより老けて見えもした。
「強要されたわけではないのよ」
アマンダは森を見つめながら言う。
「私にしかやる機会がなかった。ただそれだけ。あなたは今まで通りあなたのやり方で島を守ればいい、私は私のやり方で。例え一時的な効果しかなくてもいい。私はもう耐えられない」
「なにを、するつもりなんだ」
アマンダは笑った。穏やかな微笑だった。
彼女はジェイコブを残して海岸から去っていった。
ジェイコブは追いかけることができなかった。追うべきでないと体のどこかが訴えていた。
やがて辺りは暗くなりジェイコブは海を後にした。
アマンダにはもう会えないだろうと感じていた。




