ジェイコブ⑤
初めて手にかけた若い男はなかなか死ななかった。しぶとかった。
取り合えずなんとなく急所であろう箇所を、何度も何度も突き刺したが相手は死なず。
倒れても這いずり回って逃げるものだから、ジェイコブは人間の生命力に感嘆しつつ苛立って仕方なかった。
予定では一突きで死ぬはずだったのにこの様だ。
ジェイコブはとうとう、ぼろぼろになった相手をそこらにある岩に打ちつけてやった。頭を六度。骨が砕けた感じがした。
ダチョウの卵を思い切り岩にぶつけて割ったらこんな感じなのかと、彼は思った。
重たい死体を蹴飛ばして崖から落とし、波に飲まれてゆくのを見守った。
それが人生最初の殺人。
なんの罪悪感もなかった。なぜならこれは駆除だからだ。害虫駆除。
最初のは大失敗だとジェイコブはいつも思う。
あの男、夜行性のサルの映像を撮りに来たフリーのカメラマンだと言った、あいつはうるさすぎたし血をこぼし過ぎた。
一人だったからいいものの数人相手となれば確実に逃げられるか反撃を食らう。その上ちゃんと海流を考えずに死体を投げたものだから次の日には浮き上がってしまった。
小型船のスクリューに巻き込まれてナイフの痕がわからなくなったのには正直助けられた。
だから次は、後ろから忍び寄り心臓を狙って刺した。しっかりと。
何回も何回もやるうちに肋骨に引っかかることなく刃が滑るように肉に吸い込まれていき、それがジェイコブを奮い立たせた。
失敗も彼の腕を鍛えていったのだ。
島を汚す侵入者を一人、また一人と片付けるたび彼は森と海と土に祈った。
無事成し遂げることが出来たのは、ジェイコブを隠してくれる島のおかげだ。
相手が数人いる場合は簡素な落とし穴を作って毒虫を放ったり、気さくな地元住民のフリをして酔わせ海に沈めたりもした。
そんなことを八年間、ジェイコブは続けていた。とり憑かれたように。
観光客はいつだって船で運ばれてきて減りやしなかった。
「ここにきてからもう四年になるわ」
いつものように浜に打ち上げられたゴミを拾っていたジェイコブに、彼女は手伝いを申し出た。
ジェイコブの姿を見て初めてゴミ拾いに協力したがる人間は今までもよくいたので彼は好きにさせた。
どうせ長続きしないのだ、その場の感情に突き動かされただけで毎日来やしない。偽善者め。
仕事が休みだといつもこの辺の海岸に来るのだと彼女は言った。ここから見る景色はすごく美しくて時を忘れるほどだと。
ネットでここを見つけ、それから数回島に来て今では住み着いてしまったと空き缶片手に彼女は笑った。
彼女はアマンダといった。
四十歳半ばだろうか、痛んでいるせいで不自然に明るいブロンドに肉付きのいいふっくらとした体。笑顔で出てくる人の良さをにじませるシワ。
こんなところに一人でいるタイプには見えなかった。
ジェイコブにはいい母親に見えた。
「年々自然は奪われていくわね」
彼女は立ち止まり辺りを見回した。
島の住民が暮らす周辺から少し離れた森に新しい施設が作られていた。
元々ある自然を壊さないように利用しようとどこかの誰かが企画した、観光客向けのツリーハウスだった。結局は観光客用だ。くそったれの観光客。
「彼らが金を落としてくれるおかげで島は発展している。水道は整備され、ライトがあちこちに増えたから居住区なら夜も明るい。桟橋は新品になり船をつけやすくなったし、観光客を相手にする仕事が生まれたために現金収入を得やすくなった」
「あなたは本当に、そう思っているの?」
「どうしてそう思う」
アマンダはジェイコブをじっと見つめた。
次の言葉を間違わないためか、何度も口を開きかけては閉じた。




