音哉②
いつものように海外ニュースを見ている音哉にとっては、宗教指導者が信者と共に集団自殺、という見出しにはなんの新鮮味を感じなかった。
アメリカではよくあること。犠牲者の数字しか目に入らない。
……535。
あそこのライブハウスが埋まるくらいか、そう思ってしまうのは最早職業病だった。
教祖ネイサン・シルヴァーノン。
その名前を見て音哉の手が止まる。どこかで見た名前だった。頭にひっかかるもどこなのか思い出せない。
ネイサン、ネイサン……一体誰だ。
立ち上がりパソコンから離れ部屋をぐるぐる歩く。親指を噛みながらもう一度パソコンの画面を睨むと唐突に思い出した。
アーサー。
彼のところで見たんだネイサン・シルヴァーノンという名を!ということはこいつは自分と同類、行動を起こしたのか!
音哉は放心したように椅子に座り込んだ。更新が止まる名が次々増えていく。
強要されているわけでも皆がそうするわけでもないのに、出遅れたような気がしてならなかった。
仕方ない、自分はいつでも好きなときに行動を起こせないんだ。日にちは決まっている。その日を完璧にこなせばいい。
音哉はネイサンのニュースをもう一度、今度は全て読んだ。
ハンサムな容姿、人を惹きつけた説法、集団生活、女性信者との性行為、何人もの妻や子供に脱会者への中傷、脅迫、虐待……きっと自分の欲望を満足させることのみ考えていたのだろう。
詐欺や寄付で生活し、何度も訴えられとうとう信者を救う会なんてのが善良な人々によって作られ。
追い詰められた末に。
教団を脱会したいという信者数名をわざわざ保護しにきた議員を殺害。そして。
ありがちな最期だった。
一体どの時点でアーサーに接触したのだろうか。
彼にどんな自分を打ち明けたのだろうか。
残念ながらネイサンの書き込んだ内容は非公開であったため見ることができなかった。
アーサーに送った内容を公開している者がいれば、死んだ後に公開する者もいる。
死んだ後、ではおかしいか。行動を起こす直前とでも言った方がいいのか。
アーサーの返信は本人しか見られない。
だが彼が死を強制したり誘導しているのではないことは、ここに集まった人間が一番良く知っている。
彼は否定しない。
自分たちの話に耳を傾け、間違っていないと何度も言い、自分がそれでいい正しいと思っているのなら行動を起こすべきだ、そう教えてくれたのだ。
そして彼が送ってくれた写真。
広大な自然とそこに暮らす動物の美しさをこれでもかと詰め込んだ写真だ。
果てしない草原を駆けるヌーの群れ、そびえ立つバオバブ、地平線の先にいるライオンの影、滝の飛沫を浴びる色鮮やかな鳥、鼻を絡め合うゾウに花や新芽を集めるリス、あふれる緑の中にいるヒョウ。
思わず顔をほころばせる様な写真は、数枚続いた後全く別のものに変わる。
それこそがアーサーが訴えたいメッセージだと誰もが思っただろう。
深い傷を負わせる残酷なワナ。銃やナイフの山。伐採されすっかり丸裸になった森、農地のために焼かれた木々、無残な動物たちの亡骸。
アーサーは言う。行動を起こし続けていると。
もう三十年以上この地で彼らをひとりでも守るために戦っているのだとアーサーは言った。
戦っている。
口にしなくても聞かなくてもアーサーに触れた誰もが知った。
音哉は写真を見て、人間を同じ目にあわせたいと何度も思った。
アーサーはそれを実行している人物だ。