ジョージ④
帰宅したジョージを出迎えるのはいつもの光景だった。
何事か大げさに騒いでいるテレビ、それをお菓子やアイスを口にしながら眺めている妻と娘。こっちには背中を向けたままだ。
ジョージが二階の寝室に行き、部屋着に着替え降りてくる頃には夕飯の、とは言っても温めなおしたスーパーの食品が置かれたテーブルが、丁度出来上がっている。
ジョージは地元紙や、世界で起こった悲惨なニュースを主にまとめているサイトを見ながら夕飯を食べる。
家族はテレビから離れない。
二人はテレビ教だ、もう長いこと。
コメディアンやリポーターが面白おかしく(ジョージにはちっとも笑えないのだが)口を動かす様を笑ったり、自分はこう思うなどとテレビに向かって……テレビに向かってだ!
返事など来るはずないのに話をしている。
ジョージにとっては異様な光景だが、おそらくそれはきっと普通のことなのだろう。
普通の、なんの疑問も抱かない人々にとっては。
テレビがBGMになるだの、家族間の会話の手助けになるだのという調査結果も出ているそうだ。
だがそもそもそんな調査自体、テレビを普及させたいための企業の策略でないかと考えてしまう。
ジョージはテレビ教徒が苦手で仕方なかった。
なんらかの策略に踊らされているようにしか見えなかったからだ。
娘は携帯端末と雑誌を手にしながらテレビを見ている。もしかしたら見ていないのかもしれない。多分明かりつきで音がなっていればいいのだろう。
どこでつまずいてしまったのか思い出せないが、ジェニファーとの会話はほとんどといっていいほどなかった。
教師の立場からあれこれうるさく言った記憶はない。自由にさせた。
良い成績も悪い成績についてもなにも言わなかった。
彼女は特別いい成績でもなく、かといって不良になることもおちこぼれることもなく普通に成長していった。
授業のことで父親になにかを聞くこともなかった。マリオンとは普通に話す。ただジョージに対しては。
他人行儀、そんな感じだった。
世の中の父親と娘はそんなものだろうと、いつからかジョージは思うことにした。
年頃だし、今更自分は変えられない。
「ジェン、明日の準備は?」
「もう出来てる!」
二人でどこかに遊びに行くのだろう。それもいつものことだった。夕飯は用意される。
それが妻の中で、自分自身に課した最低限のルールなのだろう。
働いている夫に対する妻のやるべき最低限のルール。食事とそれなりの掃除。それとたまに買ってくる新品の服が。
ジェニファーがテーブル越しにジョージの前を横切りリビングを出て行った。
短すぎるスカートに、へその見えるぴっちりしたTシャツ。あの格好だと下着と変わらない。
学校に行くのもあれと大差のないように見える。
一度マリオンに言ったことがあるが、今はあれが当たり前でみんなああいう格好だから気にしすぎだと笑われたことがある。それからは何も言っていない。
一体どのテレビ教幹部の影響なのか。
美の広告は年齢など関係なく女にすぐ興味を与えてしまう。
ただいつの時代も露出と痩せることばかり追及してくるものだから、やっぱりそれに関連するものを売りたい企業がいるんだなと、ジョージはそんなことばかり気になっていた。
ふと、ルーシーのことを思い出した。
彼女は紺のブラウスを首まできっちりしめて、スカートは(確か黒)膝が隠れる長さだった。
親の教育が行き届いているんだなとジョージは思った。いまどきの子にしては珍しいくらい地味な格好だ。単に彼女の趣味かもしれないが。
ルーシーの父親も教師だったはずだ。彼女はうまくやっているのだろうか。
空になった皿を見てマリオンが片付けを始めた。ジョージは新聞を持ったままソファーに移動する。パソコンも一緒だ。
しばらくするとマリオンとジェニファーがドラマを見始めるため、ジョージはバスルームへ行く。それから二階へ。持ち帰った仕事片手にパソコンの前に夜中まで。
パソコンの明かりが眩しいからとマリオンとは随分前に寝室を別にした。ジョージはそれでよかった。なんの遠慮もなくアーサーのところへ行けたのだから。
明日、ルーシーは資料室に来るだろうか?
ルーシーが家に帰りたくなくて自分を口実に学校に居残ろうと思っていることなど、ジョージは知るよしもなかった。