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アーサー③

出血のせいかぼんやりしてきたドゥニールの目に、男が膝をつくのが見えた。

男はヒョウの剥製の前に座り、そして抱きしめたではないか。

少しして鼻をすする音が店に響いた。震える呼吸も。


男は静かに泣いていた。

ドゥニールはわけがわからなかった。



何なんだこいつは、そのヒョウがそんなに気に入ったってのか?まさか買う金がねえからって俺を襲ったんじゃそんなバカなことあるか!



ドゥニールの心を読んでいたかのように男は振り返った。

目元が涙で濡れている。

男は顔半分を覆っていたストールを取って見せた。


男の、あまりに酷い傷跡を見たドゥニールの脳は痛みを引き連れたまま覚醒してしまった。


右はなんでもない、どこにでもある普通の顔だ。だが左側は。


頬が撃ち抜かれたんじゃないかと思うくらいえぐれ引きつりそのまま固まっていた。

皮膚は岩場のようにボコボコで、肉の薄そうな部分を引っかけば歯が見えるだろう。左耳はなかった。上の肉が僅かに残っているだけだった。

男は帽子も取った。

左側頭部には髪がまばらに生えていて、あとは引き裂かれたような傷跡。



なんだ、こいつは。なんでこんな死にぞこないのゾンビみたいな奴が俺の店に!


「忘れたのか……?」


言葉が聞き取りにくいのは口が自由に動かせないからか。それとも喉をも傷つけているせいか。


男は見るに耐えない顔でドゥニールを睨み続ける。


「俺は、ヒョウを二頭育てていた。保護区で。そのヒョウは兄妹だ。ハートは俺がつけた名だ」


ドゥニールの目は驚きでこぼれんばかりに開いていた。



殺したはずだった、確かに頭を撃ち抜いたんじゃなかったのかまさかそんな、バカな!



男は再び黙り込む。

ドゥニール自身の荒い鼻息がやたらうるさく感じられた。


男はリュックからペットボトルを取り出し、中身をあちこちに撒き始めた。水じゃないことは明らかだった。

ドゥニールの口に蓋をしているタオルにもかけられた。

顔面が焼け爛れる自分を想像し恐怖でパニックとなり勢いにまかせて暴れてみるも無駄だった。


ただ、男を笑わせただけだった。



マッチを摺り合わせる音、火が灯ったことを示す独特のにおい、じわじわと感じる熱。


男は剥製に火をつけたようだ。

ドゥニールの鼻は獣毛が焼けるにおいで包まれた。パチパチというのがそこらじゅうで聞こえる。煙のせいか目が痛い。


なんとか目を凝らし周りを見るも男の姿はなかった。視界に入るのは火がまとわりついた剥製ばかり。

それがまるで動いているように見えて、ドゥニールは恐ろしくて泣いた。

涙は炎によってすぐに熱くなり、頬を焼いた。

泣くことすら許されなかった。


ぼろぼろと崩れる加工された動物たち。



その中の一つが焼け崩れドゥニールの体に覆いかぶさり一緒に燃え上がるのは、アーサーが店からとうに離れた頃だった。










おんぼろジープを夜道走らせ、いつもと同じ場所に彼女の姿を求め行く。


草原、獣道、アリ塚、大きな枯れ木を越え、ごつごつした岩場を抜けた先に小さな森がある。

入り口には木の板にただ書いた粗末な看板。


地雷原を示すそれはアーサーが目印代わりに勝手に地面に刺したものだ。

わかりやすいイラストつき。これなら現地のものも近寄らない。

しかし我ながらヘタクソな出来映えだな。



森に入り、横に大きく広がった木の途中までアーサーは登る。

木の上のほうからミシミシと枝をしならせる音。グルグルという小さな呻き声。

それが威嚇ではなく自分への挨拶だということをアーサーは知っている。


「ハニー」


彼女はアーサーに頭をぶつけるように思い切り擦り寄ってきたため、アーサーは木から落ちそうになった。

あわててなだめ、落ち着けという風に体をさすり座らせる。

ハニーは寝そべったもののすぐに鼻をフンフンとひくつかせ、アーサーの臭いを嗅ぎたがった。


ハートの臭いでもするのだろうか。


ハニーはしばらくアーサーの体のあちこちに鼻面を押し付けていたが、やがて眠ってしまった。

アーサーは目が冴えてしまい眠くない。








木々の隙間から星が見える。

遠い空を埋め尽くすキラキラ輝く星が。

誰もが感嘆し時を忘れ見入ってしまう美しさだろう。

だが、それは星に限った話で。


今アーサーの隣で眠るヒョウに対しては、誰もがそう思わない。

星と同じだけの美しさを持っていて、手が届くところにいるがために。


奪う者は罪だ。


だが欲しがる者が一番罪深いのだ。



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