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1.王様とはじめまして




 今日も気持ちのいい空だ。

雷鳴が鳴り響き、どす黒く渦巻く雲に目を細めて、私は気分よく鼻歌を歌っていた。友人宅でお茶をして、お腹も適度に膨れ、ふらりと寄った出店で可愛い小物を購入して。

 今日はいい昼下がりだと、私は幸せだった。

 そんな素敵な魔界荒れの空から、不幸が降ってくるまでは。






 私は現在、食人樹に追いかけられている。人型であれば人間でも魔族でも見境なく喰らいにくる恐ろしい樹だ。本来なら地中奥深くまで張っているはずの根は極端に短く、軟体生物を思わせる動きで地上を滑るように移動してくる。その速度は獣のように早い。

 普通の樹の中にしれっと混ざっているので、遠目で食人樹を見分けることは困難だ。だが、大体私の胸元くらいの位置に横一文字の太い線がある。そこががばりと開き、中から肉を食いちぎる牙がずらりと並んだ口が現れるから、よく見れば分かるのだ。森は危険だけれど、食人樹の索敵範囲に入らないよう迂回すればいいだけの話である。

 なのに何故、今現在追いかけられているかというと、全ては私の横を疾走する男の所為だ。

「いやぁああああ! 王様の馬鹿! 阿呆! とんま! 間抜け! 一人でさっさと崩御してくださいよ!」

「説明不足のお前にも責があると思わんか!? 底なし沼と魔蟲に注意しとけば楽勝ですよぉ~とか呑気に言っていただろうが!」

 私の物まねなのか、語尾を伸ばした男を睨み付ける。全然似てない!

「人型の生物なら当たり前に気を付けることだから、わざわざ言わなくても分かってくださいよ!」

「初めての魔界でそんな知識あるか!」

 人が食料摘んでいる間に、のこのこと周りを歩いて、ひょいひょいと食人樹の索敵範囲に引っかかった男は、魔界の生物ではない。

紫の瞳と、闇色大好きな魔界の生物ならうっかり見惚れてしまう黒髪を持つ二十代半ばのこの男、人間の国の国王様である。




 そんな黒髪を惜しげもなく風で乱しながら、男は私の隣を全力疾走していた。当然私もである。視界の端に入る普通の樹が、びゅんびゅん後ろに消えていく速度だ。生物として手に入れた反射速度を全て障害物回避に向ける。否、全てというのは語弊があるかもしれない。少々訂正をいれるとするのなら、私達はその内の三割程度を互いの排除に向けていた。

 王様の手が私の顔面を掴んで後ろに追いやる。私はその脇腹に拳を抉り込む。

「ぐっ……お前と同じ魔族だろう! 何とかしろ!」

「王様こそ剣持ってるんだからずばっと斬り捨ててください!」

「王である俺に樵の真似事をしろと!?」

「その樵が仕事してくれたおかげで温かな火の恩恵を授かれるくせに偉そうなこと言うな! 己が未熟で斬れませんって素直に言ったらどうなんですか!?」

「王である俺がそのような無様な台詞を吐けるか!」

 こんな状況でも偉そうにふんぞり返った男の顎を掴み、無理やり後ろを向ける。その視線の先には、私達の上半身より大きな口を開けて猛スピードで追ってくる食人樹。

「…………斬れん! 無理だ! 怖い!」

「わあ素直!」

「ちなみにお前は!?」

「馬鹿ですね! 怖いに決まってるじゃないですか!」

「だよな!?」

 王様は、高そうな刺繍が無残に折れ曲がるのも構わず、ぐいっと袖を捲った。

「早く俺の血を吸え!」

「王様の鬼! 悪魔! 魔族もびっくりの鬼畜!」

「いいからさっさとしろ!」

 走りながら、並走する私の口に指を捻じ込んできた王様に恨みがましい目を向ける。長い指が舌を掴んできて、いらっときた。だから、腹いせに思いっきり噛んでやる。普通は噛む相手に苦痛を与えないよう快楽に変えるのだけど、腹立たしいから普通に噛んだ。

「っ!」

 忌々しげに顔を顰めた男にざまぁみろと吐き捨て、牙が突き刺さった部分から滲み出てきた甘露な液体に酔いしれる。本能に従って吸い尽くしたいけれど、少し舐めたくらいで我慢して、ぺっと吐き捨てるように指を引き抜く。王様は、服の裾で嫌そうに指を拭きながら叫ぶ。

「仮にも国王の指をごみのように捨てるな!」

「迷惑の塊が偉そうに吼えるな! この私に血を吸わせたこと謝ってもらいますからね!」

「それは悪かったと思っている! しかも心底!」

「わあ素直!」

私は今まで全力で逃げていた相手にくるりと向き直った。低く体勢を屈め、少しの隙間を開けて向かい合わせた掌の間に火球を作り上げる。

「それもこれも、全部あんたの所為よ――!」

 今まで逃げるだけだった獲物が突如として放ってきた弱点の塊に、食人樹は強風に圧し折られた木のような音で悲鳴を上げた。めきめきと悲鳴を上げる食人樹の動きが止まったのを確認して、王様は私のいる位置まで戻ってくる。つまり火球を構えた私を置いて先に逃げていたのだ。食人樹が止まらなかったらそのまま見捨てられていたことだろう。このやろう。

 いらっとしたけれど、今はその怒りを向ける余裕がない。

 じわじわとその兆候を感じ取り、私は蹲る。

「よくやった、メリアよ」

 ぽんっと肩を叩いた手を振り払う。

「王様なんて、毛根死滅蟲の苗床にされて禿げ散らかせ!」

「…………流石魔界。恐ろしい蟲がいる」

 心底恐ろしいと身を震わせた王様は、お腹を抱えて震え始めた私を流石に不憫に思ったのか身を屈ませて顔を覗き込んできた。そして、軽く背を擦ってくる。

「……大丈夫か?」

「だ、いじょうぶな、わけ、ないでしょ! 早く、薬!」

 王様は慌てて荷物から小瓶を取りだし、錠剤を一錠私の手に乗せてくれた。それを飲み干してしばし待つ。流石魔界一と言われる魔女が作った薬だ。あっという間に苦痛が去って、私は安堵の息を吐いた。同じようにほっと息を吐いた王様をぎろりと睨み上げる。

「私、血を吸うとお腹壊すって言ったじゃないですか!」

 そして、血を吸わないと本来の力は出せない。だからできるだけ戦闘や力を使わなければならない事態を避けようとしているのに、この男は!

 私の恨みがましい視線を受けた王様は、真顔で頷いた。

「吸血鬼なのにな」

「ほんとにね」

 同じように真顔で頷いてしまった私と王様の間を、気持ちのいい毒風が走り抜けていった。


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