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Code:2  交錯する想い

この後、ストーリー上の三日後までは、こんな感じです。

過去と現在を行ったり来たりしつつ、世界観なんかをお伝え出来れば、と思います。

また、三日後の物語から急展開ですので、乞うご期待を。

 俺は、《王室》を後にした。


レイシア嬢と会えるのは、もう残り三日といった所だ。

いや、会えるなんて烏滸がましい(おこ)か。彼女に仕える事が出来るのは……。


「……仕方ないよな。これが最善の手だ。俺は彼女に奉仕の精神を持って行動しなきゃいけない」


だから、彼女は俺に慈悲の精神を持って行動してくれる。

それだけではないのかも知れないが、そこは俺が与り知る部分ではないだろう。

すると、頭蓋の芯に響くようにして、落ち着いた女性の声が響いた。


《よもや、我が主も衰えたものね》


「……イクス、何が言いたい」


俺はそっと、腰に下げている一本の剣に目をやった。


《聖剣エクスカリバー》


 かつて《騎士王アーサー》がその手で使用したとされる最強の聖剣。万物を薙ぎ払い、空間さえ歪めると言われた伝説の剣が、神である《騎士王アーサー》に背き続けた俺の手元にあるというのは、何らかの意味合いを含んだ皮肉だろうか。


それとも……。


《なに、簡単な事よ。我が主は優柔不断で、自己中心的で、且つ妄想力が高い、ということ》


「さり気なくディスってんじゃねえぞ。俺の何が悪い。俺の判断の、何処に優柔さが感じられた?」


《そこにも気づかないとは。我が主は本当に間抜けで鈍間で頭でっかちね》


「言いたい放題言うな、アホ剣。大体、お前がしっかりしてりゃ、ヘルオブゲートってのも、何とかなるんだろうが」


《私を責めるというの? まぁ、確かに、私の全力は永き時を経て欠落していったけれど。もし、仮にその力が今も尚、私の中にあったとして、我が主に使いこなせるとは思えない》


「……ふん、だから今生の別れなんだろ。八方塞がり、手詰まり、チェックメイト。俺の現在を形容するなら幾らでも言葉が思い浮かぶな」


実際、今の俺では到底《地獄の審判者ヘルオブゲート》を倒す事など不可能だ。


 何せ相手は《聖騎士殺し》の《屍獣》と言う別称もある。今までに遠征していった軍隊は全滅。歴代最高峰の実力者が、徒党を組んで戦ったのにも関わらず、呆気なくも彼らはこの時間軸から消えた。


俺の決断。それは俺の死によってのみ回避出来る、アイリスフォードの安寧。


 アイリスフォードは上位貴族、その中でも五本の指に入る超特別な血筋の家系だ。こう言った厄災事に関しては、誰よりも早く通達され、出兵命令を下される。上位貴族になる、という事は、その裏で何千・何万という膨大な人間の血と骨肉の犠牲を払ってのみ形成される。


今ここで、その信頼を、信望を失うのは、礎となった先駆者達への愚弄だ。

剰え、ここでレイシア嬢を連れて逃げ果せるなんてのは以ての外。


俺は騎士道なんてものに興味はない、眼中にさえない。

だが、他人の気持ちを踏みにじる行為は、あまり好かない。


「(…変わった、のだろうな。俺が昔のままなら、あのまま俺一人でも逃げていた。出兵命令だけならば、護衛兵や近衛兵を全軍出撃させれば事無きを得る。多分、今回は《聖騎士》だけを収集する事としてそもそもの計画が進んでいたのだろう)」


地を這いつくばり、逃げて逃げて、地の果てまで逃げて…。

人の形を失った獣だった俺が、歩んできた道程。


そこに戻ることには、どうにも抵抗があった。

人間らしいといえばそうだろうか。一度手にした高水準の生活様式から離れられないのも頷ける。


《で、死ぬ覚悟…ではなくて、死ぬ前のお祈りは済ませたの?》


「……まだ三日もあるんだ。急いでする事じゃねえだろ」


《ま、そうね。確かにそう。まだ三日もある。決断を変える時間として》


「……一度決めた事は変えられない。今までの経験則だ。無理に変えても、良い結果なんて無かった。向かう先は地獄で、振り返ればもっと酷い惨状が後ろに広がってるのさ」


《…我が主は諦観しているようね》


「当然だ。蟻と巨人、勝目なんかあるわけない。ただ、それでも足掻く。かすり傷一つでも付けてやらないと、気が済まないな」


《その程度なら、私でも助力出来る》


エクスカリバーこと、イクスは自信ありげにそう呟いた。


元々俺はこの九年間、忌み嫌われながら生きてきたのだ。

他者を殺し、獲物をその手で掴み取って生きてきた俺に、新たな生きる道を指し示した少女の為に。

俺は《機械》だ。死のうが死ぬまいが、俺がアイリスフォードの崩落を招くのだけは避けないと。


そうしないと、また俺は、生きてきた意味を、生きていく為の意味を、失ってしまう。

かつて、全てを忘却の彼方に追いやって生きてきた頃のように。


誰にも愛されず。

誰にも好まれず。

誰かを愛さず。

誰かを好まず。


感情の一切を切り捨てて、生きてきたあの頃のように。

そして、俺と違う、明るいバージンロードを歩むはずの、レイシア嬢の為に。


俺は死ぬのだ。







◆      ◆      ◆







 ━レイシアサイド━




「レイシア。まだあのモノ・・飼っているのかい・・・・・・・・?」


「あれは私の所有物です。例え父様でも、指図される謂れはありません」


「無論、手出しも口出しもせんよ。ただ、ああいう俗物と触れ合うことで、お前がその手のものに毒されないかと心配しているのだ。それは、分かってくれるだろう?」


「……はい。大丈夫です。父様が私を愛する限り、私は父様の期待に背く真似は致しません」


「その通りだ。アイリスフォードの血に、背く真似は許さんからな」


ああ、まただ。

また、私はこの男に対して下らない妄言を吐いている。


 アレクを屋敷に連れ帰った後、私は父様と母様に長い間説教をされた。理由はさまざまだが、最もな意見としては《凡俗と触れる機会があってはならない》という事だった。つまり、私は生まれながらにして上流階級で生き、上流階級に縛られなければいけないのだ。


幾らでも抵抗出来た。反抗も可能だった。

けれど、私は敢えてそれをしなかった。

人の皮を被った、人として粗方腐りきった心と性根を持つ下衆など、抵抗する意気さえ湧かなかった。


だが、ここでアレクを失っては、私はまた元通りだ。

アイリスフォード家の長女にして、才色兼備な麗しの姫という、呪われた傀儡。

アレクという人物に出会った解かれかけていたその紐が、また紡がれようとしていた。


だから、抵抗も反抗もせず、私はこう言ってやったのだ。


『私があのモノを救ったのは、謂わば慈悲の精神を磨く為です。上級階級にあるという責任と自負をその身にしっかりと刻み込み、偉大なる父様と母様の跡を継げるよう、この年からでも始めるべきだと私自身が天啓を賜ったのです』


下らない。下らない下らない下らない。

何が天啓。何が責任。そんなもの、私を縛る為に用意された足枷ではないか。


反吐が出そうだった。


 平然とした顔で、貧困に喘ぐ民衆から膨大な税金を搾取し、丸々と肥えた身体で必要以上に大きな城の中を無意味同然に歩き回り、挙句上の者にはしっかりと媚びへつらう。


見上げるほどのクズだった。

自分の両親が、まさか人間として半分以上死んでしまっていたとは、私も思わなかったのだ。


だから、私は心を殺した。感情を消した。


 父様や母様に褒められても、喜ばれても、逆に悲しませたりしても、私の心には波一つ起きなかった。当然だ。彼らは私の家族ではない。私を養ってくれる為だけに用意された、欲望だけで形成された人間として最低なクズなのだ。


何時か、自分がもし当主の座についたのなら。

その膨大に集め、何に使うかも知れない金銀財宝を、城下に住まう者達に振舞おう。

それで何かが許されるとは思わないが、せめてもの贖いだ。


だからこそ、私はヤツらの期待に応えなければいけない。

アレクと同様に、自分の生き様そのままに生きる道を選んではいけない。


私は呪われているのだから。

私はアイリスフォードの血筋なのだから。


私は……。


アレクを、救わなければいけないのだから。







◆      ◆      ◆







 「……馬鹿者、ほんっとうに……馬鹿者が…!!」


アレクが去っていった《王室》で、私は嘆きを零した。

彼はもう、帰ってこない。三日後には、彼は見るも無残な姿で、地の底に眠る。


私を変えてくれた・・・・・・・・あの恩人を、みすみす私は殺してしまうのだ。


辛い。苦しい。悲しい。寂しい。

アレクは私の希望だった。私の救世主だった。私の、愛すべき男だった。


だから、私は言って欲しかった。


俺は死にたくない、と。


それなら、私は幾らでも彼の提案を飲んでいた。


 アイリスフォードの血が消えうせようとも、その地位が失墜しようとも、関係ない。私にとってアレクという存在は、幼少期からずっと私の中に居て、精神を構築する上で必要不可欠な柱だった。私はアレクを心から愛していた。彼の全てを、心から…。


だが、彼の下した決断は、私の予想を裏切った。

それも、悪い方向に。


彼は負い目を感じているのだ。

私が、気遣いに近い感情で、アレクを常日頃から甘やかしていると。


違う。そんな単純な理由で、私は貴方を見てはいない。

叫びたかった。止めたかった。


けど、出来なかった。

私に、アレクの決断をやめさせる事など、元より出来るはずがなかったのだ。


 彼の判断は、私の身を案じての事だ。幾らでも取り消せた、いっそ、依頼自体が無かった事にさえ出来たのだ。それに対して、私はそれこそ負い目を感じた。アレクはアイリスフォードに忠誠を尽くしている。彼が死ぬことによって回避出来るアイリスフォードの崩落を、私が教えなかった事によって今後彼が生きていく上でどれだけ重荷として背負う事になるのか。


考えてみても、そんなもの、想像がつくわけがない。

私はアレクと同じ。だけれど、違う。


背負うものが、その重さが。紡ぐ言葉の意味合いが、重みが。


違う。


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