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Code:1  アレクとレイシアの出会い ━回想━

 …思い返せば、レイシア嬢との付き合いは思った以上に長いものだった。


ディオナードきっての不遇者、そのレッテルを貼られた俺は路頭に迷っていた。


 今までは窃盗だの何だのと犯罪に手を染めて、死に目に逢いながらも生き延びていた。一日三食なんて満足は言えず、多くて二食、平均して一日一食で俺は毎日食いつないできた。人間としての尊厳も矜持もない。生きる為なら地を這い、泥水を啜り、雑草を食んでいた。


何故生きる事に執着していたのか、それは良く分からない。

見限り捨てた親戚もどきを見返す為、といえばそうだった気もする。


今では忘れてしまったが、俺はとにかく生きる為に努力した。


 付近に現れる魔物を殺し、齢六歳にして冒険者ギルドへ登録した。殺人剣、なんて言葉を知ったのはギルド加盟から一年が過ぎた頃だ。俺の剣術は我流で、単純に《生物をより早く簡単に殺す》というシンプルな答えを体現していた。一対多数を常とする剣術の為、対人としての威力はそこまで無かったのだが、そもそもの剣術技能が高かった為、報酬の奪い合いなんかで揉め事になっても、大抵相手の四肢の一つに深く斬撃を入れるだけで、すんなりと俺の言いなりになった。


ここまでの道程、何故俺が不遇者だったのか、身に染みて理解した。


俺は、心が、感情が、無かったのだ。


 斬る事に躊躇わず、それが人であろうが《不死者アンデッド》であろうが、俺は邪魔者であれば一刀の下に切り捨てた。血飛沫が舞い散っても、骨肉が捲れ落ちても、俺は痛みを感じず、ただひたすらに己の敵を排除する事に勤しんだ。それしか出来なかった、と言った方が的確か。


 ディオナードの血筋は《精神掌握術メンタルブースト》と呼ばれる《聖法術》の一角の名門。《聖法術》とは、《属性魔法エレメント》《身体魔法スキリジュアル》《精神掌握術メンタタルブースト》を含む何種類かの《人知を超えた能力》の総称だ。継承者は清らかでひじりな心の持ち主で、尚且つ《聖騎士王アーサー》の祝福を受けた聖処女でなければいけなかった。


清廉潔白な乙女、俺はそもそもからして性別が違った。

ディオナードの至宝、《精神掌握術メンタルブースト》を継ぐ事は、不可能だった。


 その上、《聖騎士王アーサー》は《キャメロット》で一大勢力を誇る巨大政教《円卓騎士教》における最大神。聖騎士でありながら神、何も知らない人間が見れば吹き出してしまいそうな、チンケで陳腐な宗教観である。ハッキリ言ってこじつけな設定がすぎる。


しかし、《キャメロット》の国民は違った。

皆、それが本当に居るものだと信じて疑わず、それを崇め、奉った。


余計、俺の不遇者であるレッテルは強く念押しされた。


 それからの日々も変わらなかった。小遣い稼ぎに魔物や《不死者アンデッド》を殺した。《不死者アンデッド》は上級魔族と変わらない戦闘力を誇り、尚且つ名前の通り不死の身体を持つ。


 どうやって倒していたのか、それはとても簡単な事だ。俺が親戚もどきから見限り捨てられた日、せめてもの餞別だ、と渡された品がある。それはディオナード家が代々受け継いできた宝具にして、《キャメロット》の重役や重要な立ち位置に位置する人間が持つ肩書きを手にする武具。


《聖剣》、だった。


 《聖剣》は刀身と持ち主の身体に《聖片フラグメント》を楔として打ち込み、経路パスを繋ぐ事によって絶大な力を発揮する武具。《聖剣》にはもとより《聖片フラグメント》が内蔵されているので、俺は手元の部分に付いていた真っ赤な宝石を綺麗に削り取った。


そして、それを俺は飲み込んだ。


体内を圧倒的な力が駆け巡っていく感覚は、未だ忘れることはない。

俺はこうして《聖剣》と契約を結んだ。そして、とにかく金を稼ぐために狩りをした。


そうして一年が経過して、俺に転機が訪れる。


そう、現在アイリスフォード家十四代当主である、レイシア・マグナ・アイリスフォード。


彼女との出会いである。







◆      ◆      ◆







 「そこの貴方」


空腹に耐えかねて、地べたで無様に寝転がっていた俺に、声が掛けられた。

凛としていて、まるで涼風のように心地よい。だが、ひんやりとした冷気を纏う女性の声。

俺は薄ら寒い外気以上に、その声に心が震え、しかしながら、目線を上げずにはいられなかった。


「…貴方は、ここで這い蹲って、死ぬ運命にあるのかしら?」


見上げた視線に写った少女は、有り得ない程美しかった。

 満月に映える華やかな金髪を惜しげもなく伸ばしており、エメラルドをそのまま嵌め込んだかのような煌く碧眼は、ただ静かに俺という《モノ》を見つめていた。


投げかけられた問いは、実に答えづらいものだ。

俺は無駄な体力を使う必要性もないと考えて、手短に且つ曖昧な答えを呈した。


「……だとしたら、そこまでだ…」


視界がぼんやりとし始めた。

幾度も経験のあるこの症状だが、季節が季節、このまま死ぬのは目に見えて明らかだった。

しかし、何故か今までの執着や執念は何処へやら、俺は静かに目を閉じた。


どうして、俺はあの時死力を尽くしてでも、レイシア嬢に襲いかからなかったのか。

金になりそうな装備はいくらでもあった。見た目にもわかるようなものが、大量に。


だけれど、俺はレイシア嬢に追い剥ぎのような行為をする感情が、一切浮かばなかった。

きっと、俺は追い求めていたのだ。


自分の醜悪な生き様など、意にも介さないような、圧倒的なまでの輝きを。

そしてそれが、多分俺にとって、レイシア・マグナ・アイリスフォードだったのだろう。


薄れゆく視界、消えていく思考、閉ざされる五感。

俺は暗黒に全てを委ねて、その場で全ての神経を遮断した。


だが、一つだけ、聞こえた言葉がある。

それは━━


「……そう。貴方は、強い人なのね」


初めて聞いた、褒め言葉だった。




 それから目が覚めたのは数日後の事で、もう限界に達していた空腹は、数日感食べ物を摂らなかった事によって既に限界値を突破しており、目覚めた瞬間から腹の音が止まることはなかった。


ただ、幸いな事に、数十秒とせずに、俺の腹部に久しく味わっていない食べ物が流れ込んだ。

数年の間食うことなど有り得なかった、温かくて美味しい料理。


それはシチューで、庶民でも比較的簡単に作れるものだった。

だが、今でも鮮明に思い出せる程、その味は強烈に脳裏に焼き付いている。


「…少しはお腹が膨れたかしら?」


スプーンで有無を言わさず強引にシチューを流し込んだ張本人。

レイシア・マグナ・アイリスフォードが無表情を称えたままそう言った。


「………」


「返事くらいしたらどう? 別に喋れないワケではないのでしょう? まさか、生物を殺す事だけに全てを費やしてきた脳筋、という種族なのかしら?」


「ちげえよ…。あんなのと一緒にすんな…」


「言葉遣いがなってないわ。貴方、もしかしなくても、平民の出でしょう?」


「…悪かったな。生まれてから一度も丁寧でお上品な言葉ってのは使った事がねえんだ」


それは比喩表現ではなく、そのままの意味合いだった。


 生まれ落ちてから、自我が目覚め始めた頃には、既に俺は人ではなかった。人の形を保っただけの人形に過ぎなかった、という事である。それもそのはず、俺は今までの八年間という長い歳月で、此の身に愛情、と呼ぶべき感情を刻みつけた事がなかったのだから。


心が歪めば言葉も歪む。

言葉が歪めば関係が歪む。


負の連鎖は誰も止められない。ならばいっそ、こちら側から断ち切るまでのこと。


「そう。ならここで学び直せばいいわ」


「…ふざけたこと言ってんじゃねえよ。俺は人殺しだ。今まで何十・何百の人間をこの手で斬った。今更ご丁寧に何かを学び直したとして、俺の心は変わらねえ。人の形を保った獣である、俺の心はな」


「あら、本当にそうかしらね」


その言葉に俺は何より驚いた。


 当然だ。何を今更。馬鹿げた事を言う。……罵られ、謗られ、挙句晒し者となる。情けの感情だけで差し伸べられた救いの手は、俺の心を歪めて壊すだけだ。だから、温いだけの交渉なんてのはハナから受ける義理はない。切って捨てて然るべきなのだ。


だが。

彼女の、レイシア・マグナ・アイリスフォードの瞳は不可思議な程揺れていた。


まるで、貴方は一体何を言っているの、と純粋に問い質しているようだった。


「……そんなの、やってみなきゃ分からないわ。貴方が獣であろうと、人であろうと関係ない。この私に慈悲という行為を行わせたのだから、それ相応の働きを見せてもらわないと」


「何を、言っている…?」


「……下らない事よ。類は友を呼ぶ、同じ穴の狢、私と貴方はそんな関係。だけれど、身分と権力に明確な力の差がある。貴方は私に慈悲という精神を持って行動させた。それなら、貴方は奉仕の精神を持って私に行動しなさい。それが礼儀、アイリスフォードのやり方」


「……お前は、一体…」


「私はレイシア。貴方はこれから、私をレイシア嬢と呼びなさい。絶対命令よ」


告げられた一言は、誰も近寄らせない、鋼のように固く鋭く……冷たい言葉。

決して誰にも近寄らず、決して誰にも近寄らせない。


孤高にして孤独。群れる事を諦めた、たった一人の一匹狼。


柔らかな湯気が立ち上るそれを机に置くと、レイシア嬢は去っていった。

彼女が作ったものは暖かく、しかし、彼女自身は溶かせないほど凍てついている。


「………」


それは、まるで。


「俺、と……同じ?」



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