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第八話 メルティ・アイス

 いま、基地を守る兵士がいない。

 デスフラッグの数値の高まりが、未曽有みぞうの危険を告げている。

 間違いなく、何者かが攻めてくる。

「おい、草刈睦月! エメラダさんをどこに連れて行った!」

 通路で出くわした特専の隊員が、俺に通せんぼを仕掛けてきた。飲み慣れない酒により、隊員の顔は真っ赤だ。俺は無言で体当たりをかまして道を確保し、そのまま走り、外に出た。

 監視塔に向かう途中、端末で渡良瀬ひとは少尉に連絡をとった。

「こちら、草刈です。基地を守る後任部隊の状況はどうですか?」

「ご苦労、後任部隊は動き出した。あと2時間もあれば到着する」

「了解です」

「草刈、大丈夫か? 体はどんな感じになっている?」

 俺は口をつぐんだ。

 やはり、渡良瀬少尉は、俺に生じた体の異変に気づいていた。信頼できる少尉でも、デスフラッグを明かすわけにはいかない。俺はまだ、この能力を『もの』にできていないからだ。

 

 死亡率50%


 頭が割れそうなほどの痛みになった。

 俺は監視塔のもとにたどりついた。

「真木―! 交代だ!」

 やぐらの上から真木アオイが顔を出した。驚いた表情をしている。

「睦月。まだ交代まで一時間もあるよ。ちゃんと寝た?」

 彼女は、すでに数時間も任務についているが元気そうだ。

「もう交代していいぞ」

「はあ? 体調が悪そうだけど……、見張りっても、基地でしっかりモニタリングしているから、ただの格好だけの訓練なの。何マジになってるの?」

「体調が良くなったから、真木を休ませてあげたいと思ったのさ。まあ、パーティに顔を出しにいけよ」

「へえ、ありがと。けど、パーティはあまり気がすすまないなー、酔っ払った兵隊にからまれるだけよ」

「じゃあ、渡良瀬少尉のところに行け」

「あんたみたいに、おっぱいが恋しくなったりしないし……」

 なんという返し。

「あーあ。やぐらを降りたら、これであたしの任務も終わりかー」

「真木。もう十分がんばったよ」

「そのままシャワーを浴びて寝るわ。帰国しても、みんなで集まるでしょ」

「ああ、もちろん。特専科どうし、これからのつきあいも長いだろうさ」

「ありがと」

 彼女は交代に応じてくれた。


 俺は漆黒の森をしらみつぶしに見渡した。

 やってくる。

 何かがやってくる。

 何者かが基地を制圧しようとしている。

 それらが視界に現れたとき、すでに時は遅い。この基地も、人もすべてがおしまいになる。

 俺は爆薬をしかけ、地面に飛び降りた。


 監視塔ものみやぐらは爆発炎上した。


 これが東南アジアで俺が【やらかしたこと】だ。


 少年特別専攻科、海外任務の最終日に起こった爆破事件は、基地内で、いや、日本国防軍内で大きな波紋を起こした。

 なぜ、そんなことをやったのか?

 俺は基地内の拘留施設に送られ、軍の上官から取り調べを受ける日々が始まった。

「大勢の敵が見えたので、銃を撃ち、味方に知らせるために、わざと爆破させました」


 俺が監視塔を爆破したとき、デスフラッグは降ろされた。

 能力は秘密にしなければならない。もし知られたら、いろいろと体を調べられて、自由を失う気がするからだ。


 ある日の取り調べで、無機質な部屋の椅子に座っていると、現れた尋問官のなかに渡良瀬少尉の姿があった。

「少尉!」

 彼女は軍帽のなかに髪を束ね、ネクタイを締めた正装だ。

 俺は少尉とまともに視線を合わせられない。彼女に迷惑をかけたのはあきらかだ。

「草刈、いろいろなことを聞かれただろうから、やぼな質問はしない。近況を教えてやろうか。特専科生はすでに帰国した。いつでも会おうとみんな言っていたぞ。だって、お前は隊のエースだったもの」

「ははっ」

 俺は乾いた笑いを漏らした。

「私も尋問を受けた。そして、帰国することになったよ」

 目に映る光景が真っ白になった。

 俺は……、渡良瀬少尉のキャリアに傷をつけてしまったのか。

「申し訳ありません」

 俺は椅子から立ち上がり、頭を下げた。

「私なんかにあやまっても、仕方がない。ただ、お前に真実を伝えよう」

「真実?」

「あの晩、某国の工作部隊が基地にせまっていたのだ。基地の警備が手薄になるのを見計らって、基地を襲撃しよう企んでいたと推測される。後任の護衛部隊の車両トラブルも、某国工作部隊が細工して起こしたものだ。草刈がやぐらを爆破したとき、工作部隊は奇襲計画に影響がでたためか撤収した。レーダーで確認した」

「でも、結果良ければ、すべて良しってことにならないですよね」

「草刈睦月は基地を救ったともいえる。しかし、施設を爆破した以上、なんらかの処分は免れない」

「もちろん、すべてを受け入れるつもりです」

 少尉の眼差しは、俺をいぶかしんでいなかった。

 それだけで満足だ。

 エメラダ・ポラリスの近況について、少尉に聞きたかった。でも、ほかに男の尋問官がいるのでやめにした。

 どうしてだろう。

 エメラダともう二度と会えないと考えると、自然に涙がにじんでくる。

 俺は軍の監視人付きで、帰国する飛行機に乗った。

 爆破の罪は問われなかった。それは軍の組織を守るためだ。わざわざ日本の裁判所で、軍は事件をおおやけにするわけがない。ただし、俺は特専を中途退役処分になった。

 飛行機に乗る前に、GPフォンでコトミにメールした。

『帰る』

 俺は機内でリップスティックスの楽曲をずっと聴いた。エメラダが好きだったメルティ・アイスの曲のデータは聴かずに消した。

 過去編終わり。

 次話から現代に戻ります。

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