第二十九章 最後の航海
俺たちエーテル・ストライクのメンバーは、エメラダの叔母、実桜ポラリスの誘いで、小笠原へ船で出発した。
旅の目的は、エメラダを元気づけるためだ。エメラダは、偽りの作戦行動をとらされたことにショックを受けていた。
乗船する小型フェリーは、ポラリス・インダストリィ社が所有し、ポラリス家は、これで好きに船旅を楽しむことができる。
一般客がいないので貸し切り状態だ。
日が暮れてから船は出航した。
俺はエメラダと一緒に、外の甲鈑に並んで、生ぬるく穏やかな夜風にあたっていた。
東京湾のきらびやかな光の群が次第に遠ざかっていく。
潮風が彼女の髪からほとばしる甘い香りを運んだ。
「南の島で遊ぶの、楽しみだね」
エメラダは俺の顔を覗き込む。
グレーの瞳が、月明かりのもとに輝いていた。
そこに憂いの影はまったく見当たらない。
「ゆっくり休もう」
俺は甲板の手すりを掴み、海面にまっすぐ顔を向けた。
彼女はセーラー服調の格好をしている。これは彼女が好きなアイドルユニットのコスチュームなのだが、隣にいるとすこし照れる。
エメラダはふうっと息を吐いた。
「叔母さんはお休みになったかな……」
「かもね。小さい子も連れているね」
実桜の五歳になるひとり息子は、才賀・ポラリスという名前だ。
「わたしは、その子と血のつながりはないんだ。祖父母には、はじめ子供がいなくて、わたしの父が養子になった。そのあと、祖父母に男の実子が生まれて、その人の日本人のお嫁さんが実桜さん」
俺の背筋に震えが走った。
エメラダの両親は飛行機事故で他界した。
エメラダの叔父は、ポラリス社の軍事技術を武器にして各国政府に働きかけ、強大な政治経済力を手にした。
日本国防軍の創設にも、ポラリスが絡んでいる。
国防軍が使う兵器の多くをポラリス社が受注している。
叔父は、アメリカや中国、国連に対しても、日本国防軍がうまく立ち回れるよう働きかけるので、日本政府としてもありがたい存在なのだ。
その叔父叔母が、ポラリス社における権力を確かなものにするために、邪魔になったエメラダの両親を殺害したとしたら……。
「エメラダ、ひとつ聞きたい。言いたくなければ言わなくていいけど、君の両親が飛行機事故に遭った日はいつ?」
「〇×年〇月×日」
「……俺の家族もその日、ヨーロッパの〇×空港行きに乗っていた」
「……」
エメラダは無言で甲板の手すりにすがりついた。
彼女の眼前には、船のスピードに合わせて、暗黒の波紋が勢い良く流れている。
俺と彼女の家族は同じ飛行機に乗っていたのだ。
そして、俺と彼女は、時を同じくしてデスフラッグ能力を獲得した。
「あのさ、ムツキ。この能力を持っている人って案外いるんだってね」
「ブレストにもあるよな」
「そう。能力は、特に大切な人を失ったときにその能力が目覚めるみたい。ドニはバルカン半島の紛争で、妊娠した奥さんを狙撃によって亡くした……。その時以来、ドニにデスフラッグの能力が芽生えたんだって」
「なるほど」
ブレスト・ドニセヴィッツは悲劇的な過去を持つ男だと薄々感じていた。
「実桜さんは、わたしたちに能力があることをきっと知ってる」
エメラダの身体と精神のために、余計なことはもう考えないほうがよさそうだ。
「今日はもう休もう」
俺はエメラダの手を引いて、船室へと送った。




