第二十七章 あやつり人形
ブレスト・ドニセヴィツは、雄叫びをあげながら、サブマシンガンの弾を放ち、地下鉄の坑道に散らばる敵を掃討した。
「おうし。倒したぞ!」
俺のそばにいる渡良瀬少尉が手のひらを差し出してきた。
「ふう、草刈の援護があって助かった」
恩師と固く握手を交わす。
しかし、俺は少尉にいくつかの疑念がある。
正直、少尉の戦い方は良くなかった。
少尉は防御を考えずに敵陣に踏み込んでいった。俺が敵の位置を察知して事なきを得たが、彼女の動きは俺を試しているかのようだった。
エメラダは柱に隠れたままだ。
「エメ。敵をやっつけたぞ。出てこいよ」
彼女からの返事がない。
もしや、被弾したのかと思い、急いで彼女のもとに駆けつけた。
エメラダはプラットホームの地べたに座り、わなわなと体を震わせていた。
「エメ。どうした。具合が悪いのか?」
俺は彼女の肩に軽く手を置いた。
「こんなことってある? 敵を見て……、こんなもののために!」
彼女は横たわる敵を指差した。
俺はブレストから借りたサーチライトで、確認した。
黒服にサングラス。
「こっ、これは黒服PMCだ」
「そうよ! 情報は間違っていたのよ!」
エメラダはタブレットを床に勢いよく投げつけて画面を割った。
敵がハイジャック・テロリストの集団ならば、この戦いは俺とエメラダの家族のかたき討ちになる。
彼女は躍起になり、作戦を実行しようとしていた。
ポラリス・インダストリィ社は、彼女の心理を利用して嘘の情報を流し、エーテル・ストライクを地下空間に誘い込もうとしたのだろうか。
なんのために。
「国防軍かもしれない」
渡良瀬少尉はつぶやいた。
「ひとちゃん。説明して」
エメラダはグレー色の眼を鋭くさせた。エメラダも少尉に対する疑心が最大になっていた。
「わかりました」
渡良瀬少尉は、キャミソールドレスの裾を捲しあげ、足首に装着したバンドに銃をしまったあと、髪をかきあげた。
彼女は事実を告白する覚悟をしたようだ。
「国防軍は……、エメラダ・ポラリスを監視しています。ポラリス・インダストリィ社の娘としてではなく。【能力者】として」
「ああ」
エメラダは座ったまま上を向いて目を閉じた。
秘密にしていた能力が知られていた。
そして信頼していた仲間に監視されていた。
渡良瀬少尉は彼女の意志で入れたメンバーではなかった。
俺は脱力してうなだれるエメラダを抱きとめた。
「ひとちゃん……、つづけて頂戴。こうやって話すのは、わたしとひとちゃん。お互いに信用しているってことだから」
「もちろんです。エメラダお嬢様。お話します。このままでは、信頼関係を築くのが困難になりますから。私は……、『危険予知能力』について、研究する軍の機関にいました」
第一次世界大戦のころに、『危険予知能力者』の存在が確認された。彼らは戦闘機のパイロットなどで能力を駆使して活躍した人間だった。
冷戦時代、米国とソ連は能力者を探して集め、宇宙開発や軍事分野に従事させたという。
同時に、大国は能力獲得の経緯について研究を開始したが、いずれも後天的なもので原因はわからなかった。ただ、家族の死など悲痛な経験した者に能力が発現する傾向があった。
心に傷を持つ能力者たちは、国家によって自由を奪われ、死の危険に晒されるいわば人体実験の日々に悲観して、酒や薬におぼれて病死したり、自ら命を絶つ者も少なくなかった。
「近年、能力を持つ人間が世界のあちこちで増えているのです。私は国防軍少年特別専攻科の教官として、集まる生徒の中から能力がある人間を探していた。そして、草刈睦月を発見した」
俺は基地で爆破事件を起こしたが、大目に見られた訳がわかった。
「知っていたんですね。俺とエメラダに能力があることを」
少尉と国防軍に対する疑いはまだまだ晴れない。
「そうだ。エメラダもポラリス社の娘でありながら、能力者として国防軍の基地に送られた。基地で国防軍はPMCの教官ブレスト・ドニセヴィッツにも能力がある可能性が高いことがわかった」
「俺はおまけか」
ブレストは不機嫌そうにたばこに火をつけた。
「わたしは……、わたしは操られていたの? わたしが東南アジアにいたのも、新しいエーテル・ストライクを結成したのも、巧妙に操られていたの? ひとちゃんはどこに属しているのよ? 誰の回し者なの?」
「私はただの傍観者、報告者にすぎません。でも、今回の作戦に乗り気でなかったのは、国防軍からの事前連絡がなかったからです」
「誰よ! わたしを地下空間に誘い込んだのは! 誰よ。教えてよ」
「わかりません」
申し訳なさそうに少尉は頭を下げた。
取り乱すエメラダが気の毒だ。
信頼している人間、組織が自分たちを監視していた。最悪、自分たちを地下に誘い込んで消そうとした可能性もあるのだ。
能力者はほかにもいる。
なぜ、能力を持つ者が増えているのか。
それは、人類にとっての大惨事が起こる前触れなのかもしれないという予感がした。




