第二十五章 Enter the darkness Part2
扉から先は、湿ったカビ臭い空気の暗黒が広がっていた。
「ここは、地下鉄かい?」
俺の声に残響がかかった。
「そう。廃線になったけど、軍が使っているみたい。目的地まで三駅ほど歩くから」
携帯タブレットを覗きながら、エメラダは説明する。
彼女はポラリス社から情報をもらっている。
坑道は暗い。
光源は先頭をゆくブレストのサーチライトのみだ。足元に敷かれたレールは、錆がなくつるつるしていた。
灯りのない地下鉄駅に着いた。
車線からプラットホームに目を向けた。
誰もいない。
いたとしたら、幽霊だと言えそうな雰囲気だ。
「あっ」
渡良瀬少尉がレールに足を引っ掛けて、つまずきそうになった。俺は彼女を抱きとめた。
暗闇のなかで、キャミソール越しに豊満な肉体の温かみを両腕に感じた。
「すまない。草刈」
彼女は態勢を直した。
「ハイヒールじゃ、歩くのに向いてないでしょう、せめてスニーカーがあれば良かったのに」
「……わかった」
少尉はハイヒールを脱いでそれを地面に叩きつけ、踵を折って歩きやすくした。
「おい、音を出すな!」
ブレストは振り返り、いらだちを抑えながら小声で叱る。
「ごめんなさい」
渡良瀬少尉は深く息をついたあと、シグ・ザウアーハンドガンを右手に取った。
目の保養にいいが、彼女はキャミソールドレスのままだった。
彼女は友人の結婚式を途中で抜けて、いま、非日常の世界にいる。
せめて格好だけでも華やかなままでいさせてほしい。彼女にはそんな気持ちがあるのだろうか。
俺たちは歩き続けた。
地下鉄の一駅一駅なら、歩いてもそう長くはない。
しかし、わずかな明かりをもとに、言葉を交わさず忍び足で歩み続けるのは、さすがに気が狂いそうになってくる。
「きゃああ」
渡良瀬少尉の叫びが闇に響いた。
「今度はなに?」
エメラダもあきれた調子で少尉の様子をうかがった。
ドブねずみが走っていった。
俺は、少尉が虫や蛇など小動物が苦手だったのを思い出した。
「渡良瀬。いいかげんにしろ。作戦に支障がでるだろ!」
少尉の弱点をブレストも知っているが、これはさすがに注意せざるを得ない。
「ごめんなさい。どうしても……、小さな生き物に弱くて」
「どうして苦手なんですか」
「私は小さいころから高層マンションで暮らしていたから、ほとんど虫とかと触れ合わなかった。ちょこまか目の前に出られたら、こわいんだ。密林訓練では草刈たちに迷惑かけたな」
少尉はレールの間に力なく座り込んだ。
「渡良瀬。立て。怖じ気づくな。お前は、なぜ乗り気じゃない? 理由があるはずだ」
ブレストは納得せずに少尉を問いただす。
彼女は微笑とともに薄目を開けて、俺たちの顔を見上げた。
「どうやら作戦は、無事に終えられそうね。あなたたちの顔色を見ていると」
「!?」
渡良瀬少尉は、俺たちに能力があることを知っていそうな口ぶりだった。




