第二十三章 抗いのほむら
日曜日の昼過ぎに、エメラダからの呼び出しがあった。
ブレスト・ドニセヴィッツの運転する中型のバンは、渡良瀬ひとは少尉を迎えるため、スピードを出して都道を走っていた。
後部座席で、俺は使い慣れたベレッタと、新しいシグ・ザウアーの安全装置を解除した。
助手席には迷彩服のエメラダがいる。
今日は戦いがありそうだ。
「ひとちゃんは友達の結婚式にでているって」
「えっ、渡良瀬少尉が結婚?」
「どう聞き間違うのよ!」
おどけた俺に、つっこみが入る。
「エメは、渡良瀬本人の結婚式のときでも、容赦なく呼び出しかねないからな」
ハンドルを握るブレストが笑って言った。
せっかくのプライベートな時間を奪われて、すこし少尉が気の毒に思えた。しかし、彼女は軍人だ。エーストにいるならば、それは織り込みずみのはずだ。
「えーと、ミッションを説明するわ。わたしたちは、東京地下空間へ行きます。普通の人は入れないところね。簡単に言えば、そこに潜伏する敵グループを掃討するの」
「戦力は足りるのか」
運転をしながら、ブレストがたずねる。
「ひとちゃんを加えれば、なんとかなるわ。ひとちゃんと合流したら詳しく説明するから」
東京に巨大な地下空間があるというのは聞いたことがある。
お偉方専用の秘密の移動通路、旧軍用通路。
建設したが、使われなかった地下鉄線。
災害用・避難シェルター、大洪水をため込む治水施設……。
「ねえ、ムツキ。地下空間って、わくわくするでしょ」
後ろを向いて身を乗りだす彼女に、俺は肯きで返した。
俺はエメラダについていく。
能力について追求していくと決めた。
地下空間で命を落とすことなんか、ありえないんだ。
赤坂の繁華街の道なりで車が止まった。
通りには、赤いキャミソールドレスの女性がいた。
スカートの股下が長く、引き締まった腰つき。背丈をより高らかにするハイヒールを履いている。彼女から恒星の紅焔のような、危機的な輝きが放たれていた。
彼女は走って来たためか、肩で息をしている。
「渡良瀬。そんな格好でいいのか!」
車のウインドウを開けて、ブレストは少尉に注意した。
「はあ、はあ。急に呼び出されたから」
ぶっきらぼうな、彼女らしくない答え方だった。
「ひとちゃん、ゴメン。迷彩服を用意してないわ……。戦いは、わたしたちがサポートするから」
エメラダは手を合わせて謝る。
「お嬢様が銃を握る?」
渡良瀬少尉は緊迫した面持ちになった。
「うん。装備はシグと、フランス軍採用のサブマシンガン。ちゃんと射撃訓練したよ」
「今回は、どうしてもやらなくてはいけないミッションですか?」
少尉は念を押すようにエメラダと目を合わせた。
「これから説明するけど……」
「今回ばかりは……、やめたほうがいいです」
少尉は静かに警告を発した。




