表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

第二章 コトミの家

 階段を降り、俺たちはビルから真夏の太陽の日差しのもとに出た。

 右手には国防省の門に続く坂道がある。

 国防省の近く。ここは、東京市ヶ谷だ。

「はあ、はあ、あ、あのさ……、うちの車を呼んでいい?」

 地面に屈み、長い髪を垂らしながら、コトミが上目使いで聞いてくる。

「いや……だめだ。市ヶ谷駅まで歩けるか? 端末の電源を切ったままにしておけ。お前の家まで電車で一駅だろ」

「わかった……」

 素直に言うことをきくコトミ。それは精神的なショックのために、自分を見失っているからだ。

 怖い思いをさせて本当に申しわけがない。

 サイレンを鳴らす消防車とパトカーが、雑居ビルの入口に集まってくる。

 警官に気づかれないようにして、俺はシャツの下に隠し持つベレッタの位置を確認した。

「国防省のすぐそばで、ライフル乱射事件が起こるんだからな……」

 俺はまだ慣れない東京の湿った空気に汗をしたたらせて、市ヶ谷駅に向かう橋を渡った。


 飯田橋駅を降りて神楽坂かぐらざかを登った小路の先に、コトミの家がある。

 コトミの父は俺の父の兄で、大きな商社に勤めている。

「さっき起こったことは、パパに言わないからね。最近、都会でテロが多くなっているけど、ウチがついに巻き込まれたことを知ったら、もう外出させてもらえなくなるから」

 あたりまえだ。

 そんなことを知ったら、過保護なあの伯父さんはどんな反応をすると思う?

「おしゃべりなコトミが、気を使えるようになったか……」

 俺が感慨深くつぶやくと、彼女に軽く頭を叩かれた。

 コトミの家の門を二人でくぐる。

 広い庭つきの和風の屋敷が、この界隈かいわいにあるのは、考えればコトミの草刈家は相当の金持ちということだ。伯父さんの稼ぎもいいらしい。ちなみに、俺の家は都内の郊外にあるマンションだ。ただ、その家に俺を待つ家族はいない。

 それは後で話すことにする。

 俺は玄関の前で大きく、深く息を吐いた。

 伯父さんに会うのは気が重い。だから、ネットカフェでぐだぐだ時間を潰していた。

「きっと、怒られるだろうな……。実は俺、特専を中途退役処分になってしまったんだ。だから、縁を切られて、もうコトミと会わせてくれなくなるかもしれない」

「何ぶつぶつ言ってるの? むっちー、ウチのパパが苦手なの? ただのオヤジだよ。さっきのマシンガン野郎から比べたら全然大したことないってー」

 コトミは俺の顔をのぞき込む。彼女は自分の家に戻り、だいぶ表情がやわらいでいる。さっきのショックから立ち直れたようで何よりだ。


「ただいまー」

 コトミは引き戸の扉を勢い良く開けた。

 腰を落とし、靴を揃えながらコトミは笑顔を向ける。

「今日はごちそうを用意してるよ。むっちーの帰国のお祝いだからね」

 わがままながら彼女のしつけはしっかりしている。

「あれー、玄関の靴が多いなあー」

 黒光りする革靴とハイヒールが数足並んでいる。

 長い廊下の途中にある座敷ざしき客間きゃくまが騒がしい。

「この靴、パパとママのじゃないし、お客さんが来ているの?」

 コトミは不思議そうな顔をする。

 客間から、男性の太く心底しんそこほがらかな笑いと若い女の嬌声きょうせいが耳に入ってくる。

「ちょっと、パパ?」

 コトミは、ドタドタと廊下にかかとを踏みつけて客間に入った。

 俺のための祝いの場に、コトミが知らない女の声がするのはおかしなことだ。

 俺はおじゃましますと小さくつぶやいてコトミに続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ