第十八章 日常の境界
爆音で俺はうたた寝から目を醒ました。
とっさにベレッタのありかを探すも、ここは俺のマンションだと気がついた。
ほっとして、リビングのソファにふたたび寝転がる。
テレビは、ガンアクション映画を映している。ビルが爆発するシーンがあったのだ。
手前のテーブルの上に、ケーキを食べたあとの小皿と、紅茶のカップが二つある。
コトミが遊びに来ているのだ。今、彼女の姿はリビングにない。
映画のディスクは、俺が好みそうだとコトミが持ち込んだものだ。
『戦いの参考にして』
と、彼女はふざけたことをぬかしていた。
途中まで面白かったが、いつのまにか眠っていた。
「きゃほおー」
廊下の先の俺の部屋から、コトミの感極まる声がした。
「すごい、すごい、すごい。こんなにたくさん!」
札束を両手に掴んだコトミが、リビングに顔を出した。
宝石でいっぱいの宝箱を見つけた盗賊のように、満面の笑みを浮かべている。
「あーあ。見つかったかー、目ざといなー」
俺はわずかにできた目やにをこすった。
先日、俺の家に、札束でぎっしり詰まったヴァイオリンケースが届けられた。送り主はエメラダだ。
「こりゃ嫌でも目立つでしょ。むっちーが音楽を始めたかなと思ったらさー」
「それはミッションの報酬だよ」
アサルトライフルで武装した集団と撃ち合いをやったのだから、決して高くはない。
いや、普段の生活費と比べれば、べらぼうな額だ。俺の感覚が狂ってきている。
「どれだけあるか、数えてもいないよ。欲しいだけもっていけば?」
「えー、えー、パパに見つかったら説明できないー」
「見つからないように使えばいいだろ」
「えー」
コトミは困惑して、黒髪を結んだポニーテールを左右に揺らした。
ヴァイオリンケースの中は【非日常の世界】だ。
札束であふれるケースの底には、口径9ミリのシグ・ザウアーハンドガンが入っていた。
非日常の世界は混沌にまみれていて、コトミのケーキのおみやげや映画のプレゼント、そんなささやかな気使いを、無残に打ち砕いてしまう。
いっぽうで、非日常の世界は、俺に特殊能力を与え、エメラダが率いるエーテル・ストライクに迎えた。
特殊能力は、エメラダにも備わっている。
複合軍需企業の金持ちの娘が、家族の死と引き換えるようにして能力を得たのだ。
非日常の世界は残酷なのだ。




