第十六章 その能力の名は
エメラダは俺と揃いのアイスティーを頼んだ。
「ひびきさんは、ひとは少尉と二人きりで会いたかったんじゃないか?」
「ひとちゃんは、わたしが一緒ならいいよって、あの人に伝えたわけ」
「少尉は警戒したんだ……。で、ひびきさんは……、あんな調子になっちゃったんだ」
「うん。ひびきさんのことはどうでもいいの。ちょっと耳かして」
彼女は、テーブル越しに身をのり出して、そっとささやいた。
「わたしたち、囲まれてる」
「えっ」
「しっ、リアクションが大きい」
「警察か?」
彼女は、頭を左右に振った。
俺はかすかな頭痛を感じていた。
それは、ひびき警部の様子を見てめまいがしたわけでない。
デスフラッグだ。
「二階に潜んでいるみたい。どうしてわたしたちの行動を嗅ぎつけたんだか。はじめから張り込んでいたみたい」
「こっちの戦力は?」
「ひとちゃんはワインを飲んじゃったからね、ムツキだけ」
「エメを狙っているのか?」
「たぶんね」
「もういいだろう。俺には能力、死の危険を察知する力があるんだ」
「……」
彼女の淡いグレーの瞳が見開かれた。
「エメにも俺と同じ能力があるだろ?」
彼女はこくりと頷いた。
「ムツキ、わたしに能力があるって、いつ気づいたの?」
「はじめ俺以外の人間がこの能力を持っているなんて思いもよらなかった。基地の任務の最後の日に確信したんだ。エメは、敵が攻めてくると予感しただろ」
「わたしには、【だれが能力を持っているか分かる】」
「驚いた。だから俺に話しかけてきたの?」
「まあね」
彼女は予知能力に加えて、俺より優れた能力を持っている。
「ブレスト・ドニセヴィッツにも能力はあるの?」
「ある。ちなみに、ひとちゃんには無い。能力は能力者の間の秘密だからね。ムツキは軍の尋問を受けても話さなかったから信頼している」
「もちろんバラすわけないさ」
胸のつかえが取れた。
同じ能力の保有者として、エメラダを守っていこう。
「俺はさ。この能力をデスフラッグって呼んでいるんだ」
「死の旗……ね、わたしもそう呼んでいい?」
「しかたないな。許可してやる」
「何もったいぶってんの?」
彼女から返しが入った。
「ともあれ、能力について、研究していこう。どういう条件で能力が備わったのか? デスフラッグは本当に『死』を予知しているのかとか」
「ええ」
話しながらも、頭の痛みは強くなっていく。
俺はとっさに二階を見上げた。
二階から、アサルトライフルを持つ黒ネクタイとサングラス男がこちらの様子を伺っていた。相手はすぐ身を引いた。
ネットカフェを襲った奴らと同じ格好だ。
「黒服PMCがいるぞ。誰かが寄越したんだ!」
死亡率30%
これはやばい。
「ええとさ、ブレストも呼んだよな?」
俺は冷や汗をかきながら彼女に確認をとる。
「あたりまえ。エーテル・ストライクは全員招集よ」
来た!
二階から男がアサルトライフルで狙撃を開始した。
俺はエメラダの手を取り、階段の隅に移動した。
「ぎゃああああ」
小日向ひびきが叫び声を上げている。
渡良瀬少尉はひびきと一緒にテーブルの下に身を隠す。
アサルトライフルの男は二階から身を乗り出して、弾を乱射する。
絶対に当たらない角度に隠れたが、応戦できそうもない。
「手榴弾が落ちてくる!」
「なにいっ(予知かっ)」
エメラダの叫びと同時に、二階の男が手榴弾を投げてきた。
俺はプレミアリーグのサッカー選手張りにそれを蹴り飛ばした。
離れた場所で大きな炸裂音が鳴った。
ホールに身を出した俺は、男の手首と首筋にベレッタの弾丸を撃ち込んだ。ゾンビではないのだから一、二発で仕留められる。
しかし、アサルトライフルの男は複数いる。おおっぴらに体を晒してしまっている。
「やられる!」
そのとき、重機関銃を背負う大男が、ビアホールの鉄扉を蹴破って乗り込んできた。




