第一話
スーパーマーケットの生鮮品売り場で、大男が岩の様な両手にバナナをぶら下げて、低く
唸り声を発している。二メーターは越えそうな体躯に、がっしりとした肩と首、
偶然通りかかった子供が、「お母さん、ゴリラだ!」と叫んで逃げ出した。
悲しげな表情で佇む男が、涙目でうめいた。
「なあ、フレッド、なんで買い物してるだけの俺が、子供に逃げられなきゃいけないんだ
よう」
巨体に目をとられて、誰も気が付かなかったが、彼の連れが足元から現れた。
がに股の小男で、こちらも異様にがっしりしている。スーツ姿に蟹みたいな顔をくしゃくしゃ
させて、笑って言った。
「ターザン街に現る、か。それとも類人猿?絶叫する美女は何処だよ?キングコング!」
ぐすり・・・
「意地汚くバナナなんて見てるからだよ、リー。それもそんなに一生懸命」
「だって、俺、好きなんだよ、バナナ……」
「自分のキャラ考えろよ。最大限にひいきして見ても、キンメリアの蛮族の王者コナン、
てとこじゃないか。さっさとレジに持って行け、そのトロピカルフルーツを」
「バナナをなめるな…」
「はあ?」
「バナナをなめるな!」
「怒ってるのか?意味が解らんが」
「フレッド、お前はこれを、いや、バナナ様を作っているお百姓さんのことを考えた事が
あるか?その苦労と、涙と、汗を。いいか、これはフィリピン、これは台湾、これはブラジ
ル、どれも味も香りも栄養価も違う、世界中の英知と、労働の結晶だ!」
(バナナ様ぁ?とにかく逆らわん方がよさそうだ)
「すまん、リー。俺が悪かった、謝るよ。バナナは偉いよ、え〜と・・・。栄養食で、
朝飯にも最高、黄色くてとても綺麗だ」
「少しは分かってくれたか、フレッド、だが黄色いだけがバナナじゃ無いぞ。お前のくちばし
もまだまだ黄色いな。お前になら、もっといろいろ教えてやってもいいぞ」
(このヤロー)
「ありがとう、その件についちゃ、また後でうかがうよ……」
その時、ピアノ曲、ベートーベン「エリーゼの為に」が鳴り響いた。
フレッドの携帯端末である。
チャン、チャ チャラチャチャチャン
「我等のボスからだ」
「ビギーか、こちらフレッドだ。殺人?日本人居住区?あそこじゃしょっちゅうだろ。
体面上だと?わかったよ……行くよ。刑事の名にかけてな」