プロローグ
雲が暗く、渦巻ける河川の様に流れていた。彼の眼に朱と青の濁流が見える。
彼は今、短い命を終え、死なんとしているのだ。永遠と思える苦痛と恐怖の段階を通過し、
肉体は今ゆっくりと物体に還ろうとしている。路上にて斃れた男。
埃っぽい通りにそって、老朽化したアパート、持ち主のいない、ひび割れ、雨と煤、
太陽と風に晒され、所々黒く変色した廃ビル、窓からゴミが捨てられ、野良犬が食えるもの
が無いかと飛びつく。
美しいといえる夕焼けの中、死んだのはベースボールキャップの黒人だ。首の金の鎖を
断ち切って、死因であろう傷口では、血液が赤く、次第に黒く、固まっている。そして傍ら
に人影ふたつ。
ひとりはデザイナーズブランドであろうか、長身に、黒に近い濃紺のスーツの襟元をく
ずしぎみに着ている。歳は若そうだが、濃いサングラスの為に良く分からない。
ひとりは異形とも言える。袴姿で、腰から二本差しといわれる、剣での武装をしている。
中世日本の戦士、サムライのスタイルだ。髷は結っておらず、長髪、顔は整っているが、
無精髭が無頼の気性といったものを匂わせている。
サムライが口を開いた。
「銃も無いのでは、全く勝負に成らぬな」
スーツが答える。
「そう言うな、試し切り位にはなっただろう?いずれにせよ、このショバにこれ以上よそ者
を入れるつもりは無い。邪魔なガイジンは、皆殺しだ」
スーツの方が、死体の服の中をまさぐり、ビニールに入った樹脂を取り出した。
「一服するか?」
二人は樹脂をパイプに突っ込み、煙を肺の奥まで吸い込んだ。即席の安くさい、それでい
て重い気だるさが意識を変容させる。
「草か、くだらんな」
紫煙を吐きながらサムライが言う。
「下らんものに振り回される、それが大概の奴の人生だ」
スーツも煙を吐いた。
「ニヒリズムか、その思想自体が下らないと思うが?」
甘い空気が漂い、思考は単純化してゆく。
「じゃあ、人の生きる動機は愛だとでも言うのか、愛は……死ぬ」
話すのが面倒だ、と言う様な黒眼鏡のつぶやきだった。
「俺は武士だ、死など問題にしとらんよ。取るに足らん」
風が叫ぶ如く吹いている。乾いた街の埃の中、二人は消えた。どこへ?
見たものがいるか、さだかでなく、暴力の残滓のみ残して。
この小説は、犯罪っぽい描写がでる可能性がありますが、、クスリや暴力や性犯罪はやってはダメです。