エピローグ「瑠璃色のフィナーレ、そしてプロローグ」
騎士団長の座を信頼できる後進に譲り、ゼノンが旅に出発してから、さらに数年の歳月が流れていた。
彼の手がかりは、ただ一つ。
セレフィアという名前と、夢で見る、瑠璃色の瞳だけ。
彼は、北へ、南へ、当てもなく歩き続けた。
彼女の面影を求めて、いくつもの街を訪れ、いくつもの村を通り過ぎた。
人々は平穏に暮らし、誰もが幸福そうだった。
その光景を見るたびに、ゼノンは、彼女の犠牲の上にこの平和があることを思い、胸が締め付けられるのだった。
そして、旅の果てに、彼は王国のはずれにある、小さな辺境の村にたどり着いた。
山々に囲まれ、清らかな川が流れる、時が止まったかのような静かな村。
彼は、旅の疲れを癒そうと、村の小さな宿に腰を落ち着けた。
宿の主人との何気ない会話の中で、彼は耳を疑うような話を聞いた。
「ああ、あんたも薬師様にお世話になるのかい? 数年前に、どこからか流れ着いたお嬢さんなんだが、薬草の知識がすごくてな。今じゃ、村の診療所で、みんなの病気や怪我を治してくれてるんだ。まるで、女神様みたいな人だよ」
胸が、高鳴った。
まさか、とは思う。
しかし、確かめずにはいられなかった。
ゼノンは、教えられた診療所へと向かった。
それは、村の広場の隅に立つ、小さな木造の建物だった。
扉の周りには、色とりどりの薬草が植えられたプランターが並んでいる。
彼は深呼吸を一つすると、ゆっくりと扉を開けた。
カラン、とドアベルが鳴る。
診療所の中は、薬草の優しい香りに満ちていた。
窓から差し込む陽光が、空気中の埃をきらきらと照らしている。
そして、その窓辺で、一人の少女が、薬草を丁寧にすり潰していた。
陽光を浴びて輝く、亜麻色の髪。
一心に作業に集中する、真剣な横顔。
その少女が、ふと顔を上げた。
そして、ゼノンは、息を飲んだ。
そこにいたのは、ずっと、ずっと探し続けていた、彼のただ一人の人だった。
彼女は、少し痩せて、以前の気高い公爵令嬢の面影は薄れていた。
しかし、その瞳は、彼が夢に見続けた、美しい瑠璃色をしていた。
「……あの、どうかなさいましたか? どこか、お怪我でも?」
彼女は、不思議そうな顔で、小首をかしげた。
その声も、仕草も、間違いなく、セレフィアのものだった。
しかし、彼女の瞳には、ゼノンに対する見覚えの色は、一切浮かんでいなかった。
やはり、記憶を失っているのだ。
ゼノンの目頭が、熱くなった。
涙が、こぼれ落ちそうになるのを、必死でこらえる。
やっと、会えた。
何年も、何年も、探し続けた。
もう二度と会えないと、諦めかけたこともあった。
彼は、胸に込み上げるたくさんの思いをすべて飲み込み、そして、できる限りの、優しい笑顔を作った。
初めて会う旅人を装って。
ここから、新しい物語を始めるために。
「はじめまして。俺はゼノン。ただの旅の者だ。君の名前を、教えてくれないか?」
ゼノンは、ゆっくりと彼女に近づきながら言った。
少女は、少し驚いたように目を丸くしたが、やがて、警戒心を解いたように、はにかむように微笑んだ。
それは、ゼノンが今まで見たどんな彼女の笑顔よりも、自然で、幸せそうな笑顔だった。
「……私の名前は、セナ。ただの、村の薬師です」
セナ、と名乗った彼女の瑠璃色の瞳が、穏やかな光をたたえて、真っ直ぐにゼノンを見つめていた。
二人の、新しい物語が、今、静かに幕を開けた。




