表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/27

第23話 コンビニの棚より、視線の置き場が難しい

 コンビニの蛍光灯は、どうしてこうも現実を明るく照らしてしまうのだろうと、黒峰恒一は割と本気で思っていた。


 自動ドアの開閉に合わせて冷たい空気が流れ、整然と並んだ菓子や飲み物の棚が白く光っている。揚げ物ケースのあたりからは少し油っぽい匂いが漂い、レジ前には期間限定のスイーツやら、新作アイスやら、つい手が伸びる類のものが並んでいた。


 本来なら、放課後に友達と少し寄り道をして、甘いものを一つ買って帰るだけの、何でもない時間のはずだった。


 なのに今、そこにいるのは――


 夢咲ことね。

 小鳥遊ましろ。

 火乃森朱莉。

 朝霧凛。

 そして黒峰恒一。


 どう考えても、人数と密度がおかしい。


 ことねはアイスケースの前で半ば呆然としていた。さっきまで「黒峰くんとちょっとだけ寄り道」という空気だったはずなのに、ましろが現れ、さらに朱莉と凛まで増えたせいで、もはやただの四班出張版みたいな様相になっている。


「……なんでこうなるかなあ」


 ことねが小さくぼやく。


 その声には、がっかりと、少しの照れと、少しの苛立ちが全部混ざっていた。


 凛は飲み物棚の前でラベルを見ながら言う。


「夢咲さんが“コンビニ寄ろう”って言った時点で、こうなる可能性はあったでしょ」


「なんでそんな冷静なの朝霧さん」


「冷静じゃないとやってられないから」


 その返し方がもうだいぶこの状況に慣れている人間のそれだった。


 朱莉は特に何も言わず、店内の配置を一通り見たあと、自然な顔で恒一の二歩横へ収まる。これが一番怖い。わざとらしさがない分、「昔からこうだった」みたいな空気が出るからだ。


 ましろはそんな全体の空気をあまり気にしないまま、カゴも持たずに恒一の近くへ来た。


「先輩、今日は疲労が糖分寄りですけど、塩分も少し入れたほうがいいです」


「さっきから俺の回復プラン勝手に組むのやめてくれる?」


「でも、たぶん甘いだけだとあとで眠くなります」


「説得力あるのが嫌なんだよな……」


 ことねがアイスケースの扉に手をかけたまま振り返る。


「ましろちゃんって、黒峰くんの生活管理人みたいになってきてない?」


「そこまではしてません」


 ましろは首を振った。


「でも、先輩が無理すると分かりやすいので」


 その“分かりやすい”が、今やあまりにも多方面から言われすぎていて、恒一は反論する気力を失っていた。


 コンビニの中でさえ、自分の状態や行動の癖が共有されていく。

 普通の青春って何だったっけ。


     ◇


「で、何買うの?」


 凛がペットボトルを一本手に取りながら聞いてくる。


 その問いは一見すると何気ない。けれど、この場では何気なくないのがきつい。誰が何を買うか、誰がどの棚に向かうか、それだけで微妙に位置関係が変わる。


 ことねはアイスケースを覗き込みながら言った。


「私はアイスかなあ……なんか今日すっごいバニラ気分」


「疲れてる時は分かりやすいよね」


 凛が言う。


「夢咲さん、甘いほうに全振りするし」


「朝霧さん、そういうところだけ観察力あるのなんなの?」


「普通に見える」


 さらっと返すな。


 朱莉はスイーツ棚へ視線を向けながら、小さく呟く。


「私は飲み物だけでいいかな」


「火乃森さん、そういう時ちゃんと量調整するよね」


 ことねが言うと、朱莉は少しだけ肩をすくめた。


「甘いの一個食べると夕飯に響くし」


「なんか急に生活感ある話になると安心するな」


 恒一がついそう言うと、朱莉が一瞬だけこちらを見る。


「なにそれ」


「いや、普通っぽいなって」


「普通だけど」


 その返しが妙に静かで、でも少しだけ柔らかかった。


 その空気を、ことねが見逃すわけもない。


「あ、今ちょっといい感じに自然だった」


「夢咲さん、いちいち拾わないで」


 凛が呆れたように言う。


 だが凛自身も、さっきから恒一の動きをよく見ている。飲み物棚の前で何を手に取るか、甘いほうへ行くかしょっぱいほうへ行くか、そういう小さな選択を拾っている感じがあった。


「黒峰は?」


 凛が改めて聞く。


「まだ決めてない」


「どうせ甘いのとしょっぱいの両方見るんでしょ」


「なんで分かる」


「顔」


 またそれだ。


「先輩、今日は飲み物が先だと思います」


 ましろが補足する。


「甘いものは、そのあと選ぶ顔です」


「選ぶ顔ってなんだよ……」


 ことねが半分笑いながら言う。


「でもちょっと分かるかも。黒峰くん、先に飲み物持ってると安心してお菓子見るタイプっぽい」


「なんでみんな俺の購買導線を分析してるんだ」


「目の前でやってるから」


 凛の一言が正しすぎて何も言えない。


     ◇


 結局、恒一は飲み物棚の前へ移動した。


 冷たい缶コーヒー、炭酸、スポーツドリンク、乳酸菌飲料、紅茶。整然と並んだラベルをぼんやり眺める。疲れている時ほど、選択肢が多い場所では逆に思考が止まる。


「先輩」


 また声がした。


 一瞬ひよりかと思って身構えたが、違った。しおんではない、ことねでもない。ひよりではなく、ましろでもなく――いや、ましろだった。


 いつの間にか真横に来ている。


「びっくりした」


「すみません」


「いや、足音軽すぎるんだよ」


「先輩、今日はミルク系じゃなくて紅茶系です」


「予言か?」


「予測です」


 しおんみたいなことを言い始めた。


「甘いのはあとで取るので、飲み物は少し落ち着いたもの選びます」


「なんでそんなに分かる」


「疲れ方がそうなので」


 この子の中では全部理屈が通っているらしい。


 ましろの視線の先を見ると、たしかに自分は無意識のうちにミルクティーやレモンティーの棚を見ていた。図星すぎて反論できない。


「……じゃあ、これにするか」


 恒一がミルク控えめの紅茶を取ると、ましろは小さくうなずいた。


「やっぱり」


「当てて得意げになるのやめてくれ」


「うれしいだけです」


 その言い方があまりにも素直で、逆に強い。


 そこへ、ことねがアイスを二つ持って寄ってきた。


「黒峰くん、どっちがいいと思う?」


 見せられたのは、定番のバニラバーと、期間限定の塩キャラメルモナカだった。


「俺に聞くのか」


「聞くよ。こういうの迷うし」


「甘いの全振りしたいならバニラじゃない?」


「だよねー……でも塩キャラメルも捨てがたいんだよなあ」


 ことねが唇を尖らせて悩む。その表情がやけに自然で、恒一は少しだけ気が抜けた。


 その瞬間、朱莉が言う。


「夢咲さん、それ絶対あとで“やっぱりこっちにすればよかった”って言うタイプでしょ」


「な、なんで分かるの!?」


「見てれば」


「最近みんなそればっかり!」


 ことねが抗議しながらも笑う。


 たぶん、こういう時間は本来もっと気楽なものなのだろう。誰が何を選んでも、そこに深い意味なんてない。ただの放課後の寄り道。アイスや飲み物を手に取って、少し笑って、帰るだけ。


 それなのに今この場で“誰に意見を聞いたか”とか、“誰が横にいるか”とか、そういうことがじわじわ空気を変えてしまう。


 甘いもの一つで、平和はだいたい壊れる。

 でも、完全に壊れたままでもない。

 その不安定さこそが、一番面倒だった。


     ◇


 レジへ向かう流れになったのは、凛が「いつまでここで立ち話してるの」と言ったからだった。


 その一言で、ことねが慌ててアイスを一つに絞り、朱莉が飲み物を取り、恒一も紅茶を持ったままレジへ歩き出す。ましろは最後まで「塩分系、ほんとは少し欲しいです」とか呟いていた。


 そして、誰がどの順番でレジに並ぶかでもまた少し空気が揺れる。


 ことねが「あ、先どうぞ」と恒一へ譲る。

 朱莉が「別に一緒でいいでしょ」と当然みたいに言う。

 凛は「早く並べば」と冷静だ。

 ましろは少し後ろで静かに順番を待つ。


 大したことではない。

 本当に大したことではないのに、こういう小さな積み重ねが全部“距離感”として沈殿していく。


 レジを済ませ、店の前へ出ると夕方の空気は少しだけひんやりしていた。


 ことねはバニラバーの袋を開けながら、小さく言う。


「……なんか、思ってたのと違う」


「何が?」


 恒一が聞くと、ことねはアイスを一口かじってから答えた。


「もっとこう、二人でちょっとだけ寄り道、みたいな感じ想像してた」


 その言い方に、朱莉がわずかに視線を動かす。

 凛は空を見た。

 ましろは少しだけ首を傾げる。

 恒一は、返答に少し迷った。


「……まあ、そうなりかけてはいたよな」


「うん」


「でも星ヶ峰だし」


「だよねえ……」


 ことねは苦笑した。


 それで全部説明できてしまうのが、ある意味で一番おかしい。


 凛が缶を開けながら言う。


「でも、これで分かったでしょ」


「何が」


 ことねが聞く。


「もう“ちょっとだけ二人で”って空気、簡単には作れないってこと」


 凛の言い方は現実的で、少しだけ刺がある。

 だが、たぶん正しい。


 今の自分たちには、それぞれ“見られ方”がついてしまっている。

 誰か一人と少し近くにいるだけで、そこに意味が生まれてしまう。

 それはもう、個人の努力でどうにかなる範囲を越え始めているのかもしれない。


 朱莉が静かに続けた。


「だからこそ、余計に考えるんでしょ。誰の隣にいるかとか、誰と何をするかとか」


 ことねはそれを聞いて、少しだけ真顔になる。


「……うん」


 ましろはストローをくわえながら、小さく言った。


「でも、先輩が楽しそうなら、いいと思います」


 その言葉があまりにもまっすぐで、恒一は少しだけ目を瞬いた。


「俺、楽しそうだったか?」


「少し」


 ましろはうなずく。


「最初よりは」


 凛も視線をそらしたまま言った。


「まあ、ずっと嫌そうではなかった」


「その言い方、褒めてるのか?」


「半分」


「またそれか」


 ことねが吹き出す。

 朱莉も小さく息を漏らした。

 たぶん、笑ったのだと思う。


 コンビニの前。

 バニラアイス一本。

 紅茶一本。

 ただそれだけで、空気は揺れて、壊れて、でも少しだけまとまる。


 普通の青春は、やっぱり遠い。

 でも、その遠さの中にいること自体を、もう完全には嫌だと思えなくなってきている自分がいる。


 それがいいことなのか悪いことなのかは、まだ分からない。

 ただ、少なくとも今日は、甘いもの一つで全部が台無しになったわけではなかった。


 壊れた平和の上に、少しだけ笑いが残った。

 今はたぶん、それで十分なのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ