表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 御上常陸介寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/52

第19話 生徒会長、面白がって一枚噛む

 共学化記念オリエンテーションが終わった翌週の月曜、黒峰恒一は朝から嫌な予感しかしなかった。


 理由は単純だ。


 今日、四班の振り返り用紙を提出することになっている。

 そして、あの紙はただ担任へ出して終わり、という類のものではない。共学化一期生の反応を見るため、生徒会でも一部確認するらしい――そんな話を金曜の終礼で聞いた気がする。


 その時点で、恒一の脳裏には一人の顔が浮かんでいた。


 皇玲華。


 星ヶ峰学園生徒会長。

 完璧で、綺麗で、理性的で、そのくせ他人の“困った顔”を見ると目に見えて機嫌が良くなる人。

 つまり、今の四班の状況を最も見せてはいけない相手である。


 それなのに、こういう時に限って会うのだ。

 もはや確信に近い。


 春の朝の光が校舎の窓に反射して、廊下を明るく照らしている。いつものように女子の比率が高い教室、いつものように何本か飛んでくる視線、いつものように妙に濃いヒロインたちの気配。星ヶ峰での日常にはだいぶ慣れてきたつもりだったが、“慣れた”と“楽になった”は別だと、恒一はこの数週間で学んでいた。


 教室へ入ると、ことねが真っ先に振り向いた。


「おはよー黒峰くん」


「おはよう」


「今日さ、振り返り用紙出す日だよね」


「朝一で嫌なこと思い出させるな」


「だって私も嫌なんだもん!」


 ことねは机に突っ伏しかけながら言う。


「なんか、あの紙、書いてる内容自体は普通なのに、提出した瞬間だけ“私たちの班、ちょっとおかしかったです”って記録に残る感じあるじゃん」


「事実だからしょうがないでしょ」


 通路側から凛が冷静に刺した。


「でも余計なことまで見られると面倒」


「朝霧さんも思ってるんだ」


「思うよ」


 凛は即答だった。


「四班、外から見れば優秀だけど、近くで見るとちょっと変だし」


 朱莉は窓際で資料の束を整えながら言う。


「“ちょっと”で済むかな」


「済まないかも」


 ことねが真顔で返した。


 しおんは静かにノートを閉じる。

 ましろは「提出前に角そろえたほうがいいです」と、本当にどうでもよくないけど今じゃない方向の気遣いを見せる。

 いろはだけが「紙って、その人たちの空気残るよね」と妙な感想を言っていた。


 やっぱり、この班は今日も普通ではなかった。


     ◇


 昼休み前、担任が振り返り用紙の提出について指示した。


「班の代表一名でいいです。黒峰、四班お願いできる?」


 どうしてそこで自分なのか。


 露骨にため息をつくわけにもいかず、恒一は短く頷く。


「……はい」


 その瞬間、四班の空気が小さく動いた。


 ことねが「あー……」という顔をし、凛は少しだけ目を細める。朱莉は口には出さないが、明らかに何か言いたそうだった。しおんは静かだ。ましろは「先輩が持つと折れませんし」と謎の信頼を寄せてくる。いろはは「困る顔しそう」と楽しげである。


 嫌な予感しかしない。


 そして、たぶんそれは当たる。


 昼休み。

 恒一は四班の振り返り用紙を手に、職員室脇の提出箱へ向かった。廊下は昼休み特有のざわめきに満ちていて、購買へ向かう生徒、弁当を持って移動する生徒、教師に用事のある生徒の足音が交差している。


 提出箱は職員室前の小机に置かれていた。

 その手前まで来た時点で、もう遅かった。


「黒峰くん」


 低く、よく通る声。


 恒一は心の中で天を仰いだ。


 やっぱりいた。


 職員室前の廊下、窓際に立っていたのは皇玲華だった。今日も生徒会長らしく隙のない制服姿で、長い黒髪をきちんとまとめ、背筋まで完璧に整っている。黙っているだけなら氷みたいに綺麗なのに、こちらへ向けられた目の奥には明らかに“面白いものを見つけた”色がある。


「……こんにちは」


 恒一が慎重に言うと、玲華はゆっくり歩み寄ってきた。


「四班の提出?」


「そうです」


「やっぱり」


 やっぱり、の意味が分からない。

 分からないが、聞きたくもない。


 玲華は恒一の持っている紙へ視線を落とした。


「少し見せてもらっていい?」


「え」


「生徒会でも確認するものだから」


 筋は通っている。

 通っているのだが、この人の場合、それだけで終わる気がまるでしない。


 断れる空気でもない。恒一は紙を差し出した。玲華は受け取ると、長い指で用紙の端を整え、視線を滑らせる。読むのが速い。必要なところだけ一瞬で拾っていく感じだ。


「ふうん」


 その一言だけで、もう嫌な汗が出る。


「何ですか、その“ふうん”」


「別に」


 玲華はそう言いながら、口元だけ少し上げた。


「思っていたより、ちゃんと班してると思って」


「“思っていたより”が余計なんですよね」


「でも、改善点の欄が面白いわ」


 やめてくれ。


 改善点の欄には、結局かなりぼかした表現で書いた。

 “座席や立ち位置によって会話の偏りが出やすかったため、役割分担と位置取りの工夫が必要”

 という、限界まで丸めた文章だ。


 だが、玲華のような人間には、その“丸め”が逆に見えやすいのだろう。


「立ち位置で会話の偏り、ね」


 玲華がゆっくり繰り返す。


「誰がどこにいると、どう偏るのかしら」


「そこまで細かく書く必要はないと思ったので」


「賢明ね」


 褒めているのか、遊ばれているのか分からない。


 玲華は用紙を返しながら、ふと視線を上げた。


「四班、評判いいわよ」


「評判?」


「班として優秀。まとまりがある。仕事が速い。そういう意味で」


 そこまでは予想通りだった。

 だが玲華はそこで区切らず、続ける。


「ただし」


 はい来た。


「黒峰くんを中心に空気が動いてるとも言われてる」


 直球だった。


 恒一は思わず無言になる。


「誰がそんな」


「見てれば分かることを、わざわざ誰か一人のせいにしなくてもいいでしょ」


 玲華はあくまで穏やかな口調だ。

 だが、その穏やかさが逃げ道をなくしていく。


「夢咲ことねさんは話しかけやすい位置を取る。火乃森朱莉さんは自然に仕切ることで近くにいる理由を作る。朝霧凛さんは指示と牽制を同時にやる。雪代しおんさんは静かなまま観察してる。小鳥遊ましろさんは生活導線から入り込む。鳴瀬いろはさんは反応を楽しむ。最近は毒島ひよりさんまで加わった」


 そこまで一気に言われて、恒一は本気で引いた。


「……全部見えてるんですか」


「生徒会長だから」


 玲華はさらっと答えた。


 絶対それだけではない。

 この人自身が、そういう“人間関係の動き”を見るのが好きなだけだ。


「それで」


 玲華は少しだけ身を乗り出した。


「誰が一番厄介?」


「答えたくないんですけど」


「そういう顔、いいわね」


「もうそれ褒め言葉になってないですよね」


「なってるわよ。私の中では」


 最悪だ。


 玲華は本当に楽しそうだった。

 嫌がらせをしているわけではない。

 ただ純粋に、面白いものを見ている。

 だからこそ質が悪い。


「別に、誰が一番とかないです」


 恒一はどうにかそう返した。


「みんな、それぞれ別方向で面倒なんで」


「面倒」


 玲華がゆっくり繰り返す。


「でも、嫌ではない?」


 その問いは妙に静かだった。


 ふざけているようでいて、意外と本質を突いてくる。恒一は一瞬だけ返答に詰まった。


 嫌ではない。

 それは事実だ。


 ことねの明るさには何度も助けられている。

 凛の冷静さがあったから班は回った。

 朱莉の存在は腹立たしいくらい自然に近い。

 しおんの静かな視線は怖いが、落ち着く時もある。

 ましろの言うことはズレているのに、妙に正しいことも多い。

 いろはの感性は厄介だが、見方によっては救いにもなる。

 ひよりはもう、新しい扉をこじ開けかけている。


 つまり、面倒だ。

 だが、完全に嫌ならもっと簡単に距離を切れているはずだった。


「……嫌なら、もう少し避けてると思います」


 結局、そう答えていた。


 玲華はその返答を聞いて、目を細める。


「正直ね」


「皇先輩が聞くからです」


「聞きたくなるから」


 やめてくれ、本当に。


 玲華は廊下の向こうに目を向けた。何人かの一年生がこちらを気にしつつ通り過ぎていく。話題にされているのが自分だと分かると、地味に精神へくる。


「じゃあ、別の聞き方をしましょう」


 玲華は再び恒一を見る。


「夢咲さんは、君にとってどういう相手?」


「なんで面接みたいに始めるんですか」


「気になるから」


「だからそれが困るんですよ……」


 だが玲華は引かない。

 引く気配がまるでない。


「話しやすい相手、です」


 恒一はしぶしぶ答える。


「雪代さんは?」


「……静かだけど、よく見てる人」


「火乃森さん」


「昔から知ってる分、近い」


「朝霧さん」


「ちゃんとしてる」


「小鳥遊さん」


「自然に近いのが怖い」


「鳴瀬さん」


「感性が独特すぎる」


「毒島さん」


 そこで、一拍だけ間が空いた。


「……変なものを食べる熱量がすごい」


 玲華は口元を押さえて、肩を揺らした。

 笑っている。


「何ですか」


「いえ、ちゃんと差別化されてるなと思って」


「比較対象みたいに言うのやめてください」


「でも、そう見えるのよ」


 玲華は楽しげに言う。


「みんな同じように近づいてるわけじゃない。それぞれ違う方法で君を取ろうとしてる」


「“取ろうとしてる”って」


「違う?」


 違わない、と言い切れないのが嫌だった。


 玲華は少しだけ視線を和らげた。


「面白いわね」


「それしか言わないんですか、先輩」


「だって、久しぶりにちゃんと面白いものを見てるもの」


 それはあまり生徒会長としてどうなのかと思うが、玲華がそこを気にするタイプではないのはもう分かっている。


「これ」


 玲華は振り返り用紙を机の上の提出箱へ入れた。


「記録しておいたほうがいいかもしれないわね」


「何をですか」


「一期生男子を中心にした、元女子高における関係形成の変化」


「論文みたいにしないでくださいよ!」


 思わず声が大きくなった。


 玲華はくすくす笑う。


「そんなに嫌?」


「嫌に決まってるでしょう」


「でも、そういう反応するから面白いのよ」


「褒めてないですよね、それ」


「もちろん」


 清々しいほど意地悪だった。


 だが、その意地悪さの底に、本気でこちらを危険な目に遭わせようという感じはない。だからこそ、どう扱えばいいのか分からない。


 そのときだった。


 廊下の向こうから、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。


「黒峰くーん!」


 ことねだ。


 しかも止まらない。

 そのままこちらへ来る。

 最悪のタイミングだ。


「……夢咲さん」


 玲華が小さく呟く。

 その声音が、面白いものをさらに見つけた時のそれだった。


 ことねは近づいてくる途中で玲華に気づき、目を見開いた。


「うわ、生徒会長!?」


「こんにちは」


 玲華は完璧な微笑みで応じる。


「何か用?」


「え、いや、その、黒峰くんまだかなって……」


 ことねの言葉が途中で弱くなる。

 玲華の前では勢いだけで押し切れないらしい。


 だが、その“まだかなって”の一言だけで、十分に状況は伝わった。


 玲華がわずかに目を細める。


「なるほど」


「な、何がですか」


「いえ、夢咲さんは分かりやすいと思って」


「それ、今言います!?」


 ことねが顔を赤くする。


 恒一はもう帰りたかった。

 できることなら今すぐ消えたかった。


 だが玲華は、さらに一枚噛みにきた。


「ちょうどいいわ。少しだけ聞かせて」


「は、はい?」


 ことねが完全に流れへ飲まれている。


「四班、どうだった?」


 その問いは軽い。

 だが軽いからこそ、本音が出る。


 ことねは迷ったあと、小さく言った。


「班としては……よかったです。ちゃんと回れたし、楽しかったし」


「でも?」


 玲華が促す。


 ことねは一瞬だけ恒一を見る。

 それから、半分やけくそみたいに答えた。


「でも、黒峰くんの位置で空気変わるんです」


 言った。


 本人の前で、しかも玲華の前で。


 玲華の笑みが深くなる。


「そう。やっぱり」


 やっぱり、じゃない。


「記録案件ね」


「やめてください!」


 恒一とことねの声が、珍しくぴたりと重なった。


 その重なり方すら、玲華には面白かったらしい。彼女は本当に楽しそうに笑った。


「ふふ。安心して。さすがに公式文書にはしないわ」


「“さすがに”って付く時点で安心できないんですけど」


「そう?」


 玲華は最後まで余裕を崩さない。


「でも、面白いものは面白いってだけ」


 その言い方があまりにも玲華らしくて、恒一はとうとう力なく息を吐いた。


 生徒会長が一枚噛むと、こうなる。

 外から見ているだけならまだしも、わざわざ本人たちに質問を投げて、その空気ごと確かめにくる。

 しかも悪意じゃなく、純粋な好奇心で。


 最悪だ。

 だが、この人にはたぶん、それが一番似合ってしまう。


     ◇


 玲華が去ったあと、廊下には数秒ぶんの静寂が残った。


 ことねが先に口を開く。


「……なんか、すっごい疲れた」


「俺もだよ」


「黒峰くん、いつもこんな感じであの人に弄ばれてるの?」


「弄ばれてるって言うな」


「でも否定できないでしょ」


 できない。


 しかもことねを巻き込んだことで、たぶんこれからさらに玲華の“観察欲”は高まるだろう。悪い予感しかしない。


 ことねはまだ少し赤い顔のまま、ぽつりと言う。


「でも……」


「ん?」


「生徒会長、やっぱり分かってるんだね」


「何を」


「黒峰くん中心に、空気動いてること」


 それは、もう否定しようがなかった。


 見ている人には見えている。

 班の中で、教室の中で、廊下の会話の中で。

 誰がどこで黒峰恒一を見て、どう反応するのか。それが少しずつ形になっている。


 そして今、それを一番楽しそうに把握しているのが、生徒会長・皇玲華なのだ。


「……記録される前に、なんとかしたい」


 恒一が心底そう呟くと、ことねは少し笑った。


「もうちょっと遅いかもね」


 その言い方は優しいのに、残酷だった。


 たぶん、本当にもう遅い。


 星ヶ峰の春は明るい。

 明るいのに、その光の中で人間関係だけが妙に濃く、静かに絡まっていく。


 生徒会長にまで“面白い”と思われてしまった時点で、黒峰恒一の普通の青春は、また一歩だけ遠ざかったのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ